『百本目のろうそくが消えた時』
Illustration:ろうさん
theme:『百本目のろうそくが消えた時』
お題提供:よもぎさん

Author:kakuaさん


 見覚えのない、場所にいた。
 まわりを見渡すと、そこに並んでいるのは無数のろうそくと、ろうそくの前にそれぞれ一人ずつ座る人たちの姿だった。
 ざわざわと、ざわざわと、人の声が聞こえる。誰のものともつかない、ガヤのような声の束に、また、まわりを見渡す。

 ――ふつり、

 遠くで、ろうそくが、消えた。
 話し声が、やんだ。

「ようこそ」

 静かに、声がした。
 自分の目の前にも、ろうそくがたっていることに、そのとき気付いた。
 ろうそくの目の前の、ただただ白い塊のようなものにも。
 慌てて目を凝らすと、白い塊の中に映える濃い紅色のものが動いた。 唇だ、と気付いたのは、そこに声が伴ったからだ。風鈴のようにか細く、そのくせ図々しい声が、もう一度、ようこそ、と言った。
 白無垢の女が座っているのだ、と、本当に認識できるまで、少しの時間が必要だった。

「……夢か」

 呟くと、女の唇が笑んだ。
 真っ赤にかたどられた女の唇。
 女の顔は、唇しか見えなかった。

「俺の花嫁さん……ってわけじゃ、ないんだろうな」

 当たり前のことを確認しつつ、どうせ夢ならばと思う。 ……そう、夢ならば。
 女は声を上げて笑った。きらきらと。……きらきらと。

 ――ふつり、
 また、遠くで、ろうそくが消えた。

 ざわざわ、ざわざわ。
 話し声がまた、始まる。
 揺れるろうそくの炎の前に、それぞれに人がいて、それぞれに一心に何かを話そうと口をぱくぱくとさせているのがわかる。

「お話を」
「ん?」
「お話を聞かせていただければ、このろうそくは消えるのです」
「へえ……」

 試しに吹き消そうとしてみたが、それは無理だった。炎は揺らぎすらしなかった。

「消えるとどうなるの」
「ここにはいられない。それだけのことです」

 それでみんな必死で喋っているのか、とひとり得心した。気持ちのいい夢ではない。早く目覚めてしまいたいと思えば、話す気にもなるのだろう。
 まわりを見渡す。はんぶんほどのろうそくが消えていた。

 ――ふつり、
 また、ろうそくが消える。
 ああ、確かに――そこにいたはずの何者かは、消えた。
 そこにのこるのは炎の消えたろうそく一本。

 よくできた世界だな。
 そんな感想しか浮かんでこなかった。

「ここにいたいんですっていうやついないの」

 俺みたいに、という言葉は飲み込んだ。

「私はお会いしたことがありませんし……人は意外に沈黙に耐えられるものではないと思います」
「ああ、まあね……そうかもね」

 娯楽もなく。
 出かける自由もないとなれば。
 けれど俺には今はそんなものは無意味で、

 ――ふつり。
 ――ふつり。
 ろうそくは消えていく。
 人が減っていく。

「……百物語みたいだな」

 ぽつりと呟く。返事はない。

「百本全部消えると幽霊が出るんだっけ。違ったっけ」

 返事は、なかった。

「俺が最後になったら、幽霊とか、出るのかな。……それなら、他が消えるの、俺は、待つよ」

 目の前の女は、赤い唇をきっちりと笑ませたまま、目の前で沈黙を守る。それは肯定でもなく、否定ですらなく……。ただただ人形のような笑みだった。
 この角隠しの中に本当の角が生えていても、驚きはしない。

 ――ふつり。
 ――ふつり。
 ろうそくは、消える。
 次々に消えていくろうそくを、何者かを、ただ見送る。
 ろうそくを挟んで向かい側には、静かに笑んだ女が座っている。
 いつまででもこうしていたい気がした。

 ――ふつり。
 ろうそくが消える度、部屋はくらくなる。
 花嫁衣装の白さが、眩しいほどに明るく見えた。

「本当に最後の一本まで残られたのですね」

 あまり感情の透けて見えない声のはずなのに、それはひどくあきれた響きを伴っているように感じた。

「急いで帰る理由がないんだ」
「その理由をお聞きすればいいのでしょうか」
「そうだね」
「それとも、会いたい幽霊がいるという話を?」
「聞いてたんなら返事くらいしろよな」

 小さく笑う。そして、続けた。

「……そうだよ。それは、同じ話だ」

 会いたい幽霊がいるという話を。
 いつも隣にいたはずの、……帰る理由だったはずの人は、もう、いないという話を。
 ゆっくりと話し出した。

「百物語……にふさわしい話じゃあ、ないけどな」

 ちいさく、笑って。



 もう、一年たつんだ。……あいつが死んじゃってから。
 一年の間はよかったんだ。
 おまえまで死んじゃいけないとか諭す人も、おまえのせいだと責める人も、ただ見守るだけの人も、かいがいしく世話をしてくれる人もいたしさ。
 世間知らずの俺のために、葬式から一周忌まで、そろそろだぞ、準備が必要だぞ、ってさ、みんながにぎにぎしく世話を焼いてくれたよ。
 ありがとうございます。
 すみません。
 そればっか言ってた。
 黒い服着て、あれもこれもって行事をこなしてさ、その度悲しくなってさ。何でこんなことしなきゃなんないんだろうって思ってたよ。
 でも今思えば、あれは幸せだったんだよな。
 彼女を忘れてない自分に酔えて、彼女のためにあれこれと動く人がいるってことを、ああこの人たちは俺と一緒に悲しんでくれてるんだな、忘れてないんだなって思えててさ。
 ……でも、一周忌過ぎたら、突然さ。
 一年も過ぎたのだから――、って。

 喪に服す時期は終わった、って。
 あなたはまだ若い、子供もいなかった、忘れてもあの子は責めない。
 これから先を清く生きるつもりもないだろう?
 ってさ。

 そりゃあ確かに、これから先、誰のことも好きにならないとか、誓えないよ。
 結婚だってするかもしれない。子供が欲しいなあって気分になるかもしれない。
 彼女のことを忘れる瞬間が来るかもしれない。
 彼女は確かに責めたりしない。そういう性格じゃない。悲しい思いをするかもしれないけど、それでも彼女は笑うだろう。俺だってわかってるよ。
 でもさ。
 でもそれは、今じゃない。

 まだ。
 まだいいじゃないか。
 そんな風に繰り返す度に、思い知らされるんだよ。
 誰も、俺ほどには、彼女にとらわれたりはしてないってことを。
 すべての行事は、ただ行事のための行事であって、そうして彼女をきちんと送ったという証拠をつくるためだけのものであって、彼女のことを忘れないために、忘れずに思い続けるための行事ではなかったんだなってことに。
 だから、だから、俺はさ。
 彼女の両親の、「おまえなんかと結婚しなければ、あいつはまだ生きていたはずだ!」って責める言葉がさ、救いだったんだ。
 それがどんなに不健康なことだとわかってても、彼女を忘れることのない二人の言葉が愛おしくて、何度も、何度も、彼女の実家を訪ねてさ。俺のせいですみません。俺のせいで申し訳ありません。そう言う度に、彼女の両親も、俺も、彼女のことを忘れてないんだって思えてさ。
 それが幸せだった。
 幸せだったんだよ。
 でも、他の奴らは、もういいだろう、もう自由だろうって突きつけてくるんだよ。
 自由になっていいんだよ。
 幸せになっていいんだよ。
 新しい恋を、結婚を、子供を。
 俺は答える。
 まだ。
 まだ、いいじゃないか。
 繰り返し、繰り返し。その繰り返しだよ。
 もちろん俺だってわかってるよ、そう言ってる奴らだって、俺のことをすごい考えてるんだよ、わかってるよ。だから一生懸命笑って答えてきたんだ、まだだよ、まだいいだろ、って。
 でもさ、それも続けば苦しくなって……少しずつ少しずつ笑って答えることすらできなくなってきてさ……。
 そんで、ついに、言われたんだ。とどめの一撃ってやつ。

 今まですまなかった、って。
 君の気持ちは十二分にに分かったから、忘れて、元気になってくれ、幸せになってくれ、って。
 それが何よりの供養だとか言ってさ。
 ……もう、充分だ、もう、来なくていいってさ――。

 俺の中の、ぴんって張ってた一本の糸みたいなもんが、そのとき、切れたなって思った。
 ぷつんって。
 なんも答えらんなかった。
 なんも考えられないまんま家帰って床に転がってさ、
 ――気付いたら、ここにいた。



「戻ってもあいつはいないし、……俺に幸せになれって言うやつばっかりになって」

 不思議と、涙は出なかった。

「俺は、だから、戻りたいと思ってないんだ」

 淡々と。ただ、淡々と。
 自分の声だというのに、ひどく遠かった。

「……でも、このろうそくが消えて、もし、幽霊が、」

 もしも。
 あいつに会えたなら。

「もしも、あいつが出てきてくれるなら」

 忘れないでと言って欲しかった。
 誰かと幸せになっても忘れないでと。
 ――否、
 ただ、笑ってくれたら。笑って見せてくれたなら。

「……俺の願いはそれだけだよ」

 まっすぐに、女の唇を見ていた。
 そこしか見えていない唇を見ていた。

「……お話を、ありがとう」

 その唇は、確かにそう言った。

「百本目のろうそくは、もうすぐ消えるわ」

 ゆっくりとうつむけられていた顔があがる。
 白く塗られた顔。
 赤い唇。
 ゆっくりと、ゆっくりと。

「……、おまえ」
「あなたの願いは叶った」

 彼女は笑んだ。まっすぐにこっちを見て、笑んだ。

「……ありがとう。変わらずにいようとしてくれて。いとおしんでくれて。慈しんでくれて。ありがとう」
「待って……消さないで」
「ありがとう。愛してた」

 彼女の手が、ふわりとろうそくを仰ぐ。

「消さないでくれよおおおお」

 声を限りに叫んだけれど、

 ――ふつり、

 ろうそくが、消えた。
 ろうそくが、消えた。

「……ほら、」

 彼女の後ろに、白い衣装がみえた。

「お迎えが来た。……あなたはもう、帰る時間よ」

 目を伏せて、彼女が笑んだ。

「なんで……」

 自分の体が、ふっと煙になったような気がした。

「ここに!」

 軽くて頼りない何かに。

「ここにいさせてくれよ、いさせてくれよおおおおお」

 声を限りに、叫んだけれど。
 のばせる限り、指をのばしたけれど。

「さよなら。……愛してたわ」




 そして、
 目が、覚めた。

 目覚めたくなかった。
 目覚めたくなかった。
 さっきまでは出なかった涙が、とどめようもなく流れ出す。

「なんで……」

 けれど、彼女は笑んだ。確かに笑んだ。
 さようならと。
 さようならと。

「なんで」

 呟いた声は、誰にも届かない。
 彼女はいってしまった。
 花嫁衣装を着て。
 お迎えを待って。
 彼女すらもが。
 もう、俺を、望まない。



見たよ!