『百本目のろうそくが消えた時』
Illustration:ksさん
theme:『一夜限りの縁結び』
お題提供:静井優さん

Author:早藤尚さん


 めがしらが、きゅっとしまりました。
 強く、強く、目をつむります。

「ぼくは、きみのことなんか大きらいだ!」

 さけんだ声は、聞いたことがないほどふるえていましたが、どうしたらいいのか、どうすればいいのか、それはわかりませんでした。
 手のひらをぐっとにぎりこむと、まだあの子の体温が残っているようです。
 おそるおそる、まぶたを開けば、そこには。
 きらきら。
 きらきらと光る、ふたつのビー玉。
 からからから。
 静かに回るかざぐるまと。
 ぴーひょろろ。
 ぴーひょろろ。
 やさしい祭り囃子が、高く、高く。
 飛んでいきました。


    ***********


 じゃっ、と参道をけった足でおもいっきり走り出す。

「待ぁてぇぇぇ! スリ! へったくり! なぎさの巾着返せ!」

 腹のおくから出した怒鳴り声はまわりの大人たちをふりむかせるだけでちっとも効果なかった。みんなハクジョーすぎる。
 流れが止まって追いこしにくくなった人混みを、

「ごめんそこどいて! 通る通る!」

 何回も何回もあやまりながら必死にかきわける。
 ピンク、水色、黄色。いろんな浴衣の色の向こうに出たり引っこんだりしてる地味なアロハと茶色い帽子。なんて言うんだっけ、おじさんがかぶってそうでひと狩り行きそうな名まえの。

「おい、山下! 犯人見失ってないだろうな! あと『へったくり』じゃなくて『ひったくり』だよバカ」

 すこし遅れてとなりにならんだ北見がおれに人差し指つきつけた。

「え~『へ』も『ひ』も変わんないじゃん。オナラだって『すかし』がついたらマルがつくだろーおんなじだよっ」
「おまえ本当バカじゃないの!?」

 北見のありったけのバセーもこのお祭り騒ぎのなかじゃ耳にも残らない。
 だから、小学生の子どもふたりがなんかわめいて走ってたって、やっぱり顔を向けるだけでだあれも気にしない。
 こっちは一大事なのに!
 なにが一大事かって言うと、

「ここで巾着取り返したらなぎさおれにほれるよな!」

 だってあの巾着お気に入りだって言ってたし!
 めらめらと燃えるやる気をエンジンにしておれはさらに加速した。
 めざせ茶色帽子のへったくり。
 めざせなぎさのハート。
 クレープ、チョコバナナ、わたがしりんごあめ。甘い甘いユーワクにおれは負けない!

「っ、動機が、不純すぎるだろ……! 俺はただ、犯人つかまえたいだけだ」

 となりから後ろになった北見のつっかえ声もうもれていきそうな音の波のなか、おれも負けじと声を張り上げる。

「うそだー北見いつもなぎさ見てるじゃん」
「見てない! 黒板を見てるんだ!」
「今日だってなぎさと約束してたのはおれなんだぞーなんでいるんだよ!」
「たったまたま、ただお祭りに来てただけだ! だいたい、あの約束……約束っていうか目的はなんなんだ!」

 そうだ約束だ。
 へったくりも大事だけどそっちも大事。だからへったくりはイチ大事じゃなくてニ大事だ。

「だっておもしろそうじゃん! 北見もまざる?」

 おれはふり返ってVサイン。

「つきみ祭のふしぎをあばき隊!」


    ***********


 ざわ、ざわ、ざわ。
 ようく聞けばそれはどこかのだれかの話し声であることはわかるのですが、たくさんの人達がひしめきあうなかでは、言葉はまるで音の波のように寄せては引いて、耳のなかであふれそうです。
 だと言うのに、どうしてかその子の声ははっきりと聞こえました。

「坊や、あそぼう」

 ふしぎな桃色の長い長い髪。ぱっちりとしたまぁるいひとみは先ほど出店で見かけたビー玉にうりふたつです。
 そしてなにより目を惹いたのは、頭にある長い耳でした。一瞬ぎょっとしましたが、きっとどこかの景品なのでしょう。本物であるはずがありません。

「坊や、あそぼう」

 女の子がふたたびさそいます。
 坊やは少しまよいました。
 なぜなら坊やはいまひとりだからです。
 ふだんは真っ暗な参道ににぎやかな灯りがともり、いつもならしんと静かな境内がたくさんの屋台でうまるこの日。一年にいちどの光景がたいへんめずらしくて、うきうきしながらあちこち見ていたら、いつの間にか両親とはぐれてしまったのです。
 家族もみなよくおとずれる神社ですから、道がわからなくなることはありませんが、もしかしたら心配をかけているかもしれません。
 ちら、と様子をうかがうと、外国人に見える女の子はにっこり笑いました。急かしているふうではないようです。
 気づけばあれほど耳に押し寄せていたざわめきはすっかり鳴り止み、ただただ遠くの音頭と高い囃子の音だけが聞こえてきます。
 まるで、それだけを残してほかの音が消えてしまったかのように。
 坊やは、ためらいながらも口を開きました。

「いやだ」

 坊やはびっくりしました。
 あたふたと泳いだ視線のさきで、女の子が手をにぎっていました。あたたかい手でした。
 また、女の子は目を細めます。

「……えっ?」

 そして、ぐん、とやけに強いちからで、坊やをひっぱるのです。

「坊や、あそぼう」

 うれしそうに。
 とても、とても。うれしそうに。
 だれもいなくなった参道を、ちょうちんだけをしるべに、ふたりはかけて行きました。


    ***********


 人がごった返す参道はほわほわ光る提灯を頼りに進めばいい、って言ってたのはたしかじーちゃんだ。
 つきみ祭のふしぎもじーちゃんが教えてくれた。
 さっそくクラスのみんなに話したけど、知ってるやつはだーれもいなくておれはちょっとした勇者だった。

「つきみ祭にはハヤシさんが出るんだ。ハヤシさんに出会っちゃうとちがう世界に連れていかれるんだってさ!」
「は、林さん? ただの怪しい人じゃないのか?」
「もーぉ北見はユメがないな~だからいつもなぎさのこと見てるだけなんだぜ!」
「……関係ないだろっ! と、うわっ」

 だれかの背中にぶつかってよろけた北見の手を、おれは素早くつかまえる。

「だいじょぶかー? ちゃんと前見なくちゃだめじゃんか」
「山下には言われたくない……」

 そっぽを向いた――そっぽってどっちなのかな? たぶん左ななめ下くらい? を向いた北見の顔はなんでかふくれっ面だ。
 せっかく助けてやったのに、北見はいつもこうだ。

「それより! ひったくりは!?」
「あ! そうだ、なぎさの巾着!」

 ふたりしてそろって向いた道の先。
 茶色い帽子は串カツ屋のすぐそば。

「あっ」

 ふっと帽子が黄色い屋根のわきへ消える。

「追いかけろ! 見失うぞ!」

 いちはやく動いた北見を追いかけて、おれもまた走り出した。

「ツカ串屋の横って道なんかないよなー?」
「はぁ? ツカ……何度でも言うけどおまえバカじゃないの?」
「そんな冷たい目すんなよ~。知ってる? 昔はさかさまだったんだぞ! ハヤシさんの世界みたいじゃん!」

 たくさんの人をすりぬけてやっとたどり着いた串カツ屋のとなりにはちょうど人が通り抜けられるくらいのスペースがあって、よく見るとだれかが通ったあとがある。
 おれたちはうなずき合ったあと同時に茂みへ足を踏み入れた。
 からからから。
 道の端にいくつも立てられたかざぐるまがいっせいに回り出す。まるでだれか来た、ってひそひそささやいてるみたいだ。

「逆さまって、昔は字を右から読んでたって意味だろ。べつに全然変な世界でもない」
「そーじゃないんだけどなー。おれ北見はぜったいハヤシさんに会ったほうがいいとおもう!」

 ぺきぺき。
 おおまたで歩くたびに小枝がくつの下で鳴る。草いっぱいのそこはすこしぬれてて、そのたびにすねが冷やっとした。

「山下おまえバカなうえにひどいんだな」
「だーかーらーちがうんだってば!」
「冗談でもそんなうそ言うなよ……べつにショック受けてるんじゃないからなっ、常識的に考えてってことで」
「ほらぁ~! 言っとくけどおれは正直者だぞ! おれの素直さはじーちゃんゆずり!」
「よけいわるい! 俺は気にしてないけどっ」

 胸を張ったらなんでか北見に怒鳴られた。ちがうって言ってんのに。
「素直はいいことだけど嘘のほうがやさしいこともあるんだよ」これもじーちゃんのせりふ。
 わかんないな、おれはやっぱうそはいやだけど、じーちゃんにはそうおもうことあったのかな。
 がさがさ今度は人じゃなくて葉っぱをかきわけて、注意深くまわりを見渡す。つきみ神社のまわりは林が広がっていて、斜面も急であぶないから子どもたちだけで遊んじゃイケナイ、これ町内会の決まり。

「やばい、わかんないかも……」

 となりでおんなじように遠くを見てた北見が頭をかかえた。ちょっとあせり始めてる。だってこのなかに逃げられたんじゃさがすのは大変だもの。
 参道から抜けたら一気にざわめきは遠くなって、静かさとくらやみがおれたちをぐるっと囲んだ。これじゃ手が草をかすめるだけでもうるさくてクジョーが来ちゃうな。

「――あ。北見、もどろ。犯人、きっとあっちだ」
「だってたしかにこっちに……」
「こんなとこ逃げてたらすぐわかるよ。大人だって迷子になるかもじゃん! だからあいつ参道にもどったんだよ。おれたちだまされたんだ!」

 急いで回れ右。すぐさま来た道もどって、

「ふぎゃっ!」

 ずるべっちーん。
 いった、痛い! カオすげえ痛い!

「山下!?」

 びっくりしたようなあせったような北見の声は上から聞こえる。

「だ、だいじょー、ぶっ!?」

 元気よくピースでもしようかって手を上げたら、あれ、足。
 ぷらぷらしてる。
 地面、についてない。
 じゃなくて地面がない。
 気づいたとたんぞおおっと背すじが凍った。
 お、落ちる? うわああ落ちるのナシ!
 必死に腕でふんばってみるけどおれのちからだけじゃ体は持ち上がらない。
 ずるずる。
 ちょっとずつ、ちょっとずつ、だんだん下がってく。
 やばい。
 落ち、

「ケンジ!」

 ぐっ、と。
 強いちからでつかまれて。

「絶対離すなよ! せーの!」

 痛いくらいひっぱられて。
 なんとかおれは転がり落ちずにすんだ。

「よ、よかった……」

 ふたりとも両手ついてぜえはああらい息。
 おれは顔についた土をぬぐって、

「ありがと~リョウスケ」

 足とか手とかじんじん痛むけどお礼は大事だ。
 って、素直なおれはちゃんと言ったのに、リョウスケは顔真っ赤にして後ずさった。

「なっ名前で呼ぶなバカ!」
「先によんだのそっちじゃん」
「たまたまだ! これっきりだ! おまえとの縁なんて今夜限りだ!」
「え~リョウスケはけちだなー」
「だから名前で呼ぶなって!」

 あっはは怒鳴るってよりさけんでるみたい。
 リョウスケ……じゃなくて北見はさっさと立ち上がると明るさあふれる参道を指差した。

「ほら、早く」
「ん」

 差し出された手をぎゅっとにぎっておれも起き上がる。さいわい、けがはしてないみたいだ。

「犯人、見つけるの難しくなったな」
「でもこうなったら意地でもつかまえるぞ!」

 そしておれたちはまた、祭り囃子の海のなかへ飛び込んだ。


    ***********


 だあれもいなくなった参道を、祭り囃子だけが明るくにぎやかしています。演奏する人もいないはずなのに、ふしぎなことです。
 どこまでもどこまでも続くようなかざぐるまの道に、女の子の楽しげな声がひびきました。

「こっち! こっち!」

 女の子に手をひかれてどれほどたったでしょうか。
 くじ引き、わなげ、射的。金魚すくい。
 店番もいないあちらこちらの屋台に目をとめては、女の子は坊やとたくさんたくさん遊びました。その間ずっと手をはなしてはくれません。
 いたくて、いたくて、坊やは立ち止まってはいやがってみせるのですが、そのたびにますます強くにぎられてしまいます。

「いたい? いたい?」
「……い、いたくない」

 ぶんぶんと首を横にふると、女の子はすこし困ったようにまゆを下げて、ぱっと手をはなしてくれました。
 じんわり赤くなった手首をじぃっと見て、坊やはうんとうなずきました。それからまた、今度はおずおずと、赤いままの手を差し出します。

「いたかった、よ」

 坊やはなぜか泣きそうな表情でした。
 しかし、女の子はぱああっと笑顔をうかべました。うれしそうにぴょんぴょんはねて、ふたたび坊やの手をとります。
 それは決してやさしいにぎり方ではなかったけれど、いままでのようにいたくはありませんでした。
 そのことがうれしくて、坊やもすこし、ほほえむのです。
 ふたりでおもうままに参道を走っていると、黄色い出店のそばに小道を見つけました。おくにはくらやみが広がっています。
 好奇心からのぞきこむ坊やでしたが、女の子に止められてしまいました。
 女の子は、まるでそちらには行くなと言わんばかりに、ふるふると首をちいさくふってくちびるをとがらせるのです。
 すこしざんねんだったけれど、坊やは女の子の注意をきくことにしました。
 あらためて人のいない縁日を見わたして、坊やはふとお父さんとお母さんを思い出しました。いまごろどうしているでしょう。坊やをさがしているでしょうか。
 とたんに不安が胸いっぱいに広がって、坊やはふたりのすがたをさがしました。
 けれど、右を見ても、左を見ても、いるのは坊やと女の子だけです。
 ふたりだけしかいない世界。
 もしかしたら、このお祭りだけではなくて、町の人びと、いいえ、この国のぜんぶの人間がいないのかもしれません。
 そんなおそろしい想像が頭にうかんで、坊やはたまらずしゃがみこみました。

「どうしたの? いたいの?」

 坊やは口を閉ざしたままなにもこたえません。
 心配そうに、女の子の細い指が坊やの短い髪をなでていきます。なぐさめるように、あやすように、やさしく、やさしく、つむじからうなじへすべるその手は、大人の女の人のようでした。

「坊や、あそぼう。ずっといっしょにあそぼう」

 女の子のお願いにも聞こえるおさそいに、坊やはこたえることができません。
 すっくと、立ち上がり、ほどきます。
 ずっと、つないでいた手を、ほどきます。
 女の子がおどろいて目を見開きました。

「坊や、すきだよ。いっしょにあそぼう?」

 まんまるい、ビー玉のようなひとみに、くちびるを強くかみしめた坊やの顔がうつっています。
 めがしらが、きゅっとしまりました。
 強く、強く、目をつむります。

「……ぼくは、」


    ***********


 へったくりを探して参道をあっちへこっちへ。
 でも茶色帽子はぜんぜん見つからない。
 さすがに疲れて立ち止まったおれの横を、浴衣のねーちゃんやはっぴ着たにーちゃん、頭にタオル巻いたおじさんや地味なアロハのおじさんがあっさり通りすぎてく。
 早く見つけないとお祭りも終わっちゃうし、そしたらハヤシさんを探す、探してなぎさとなかよくなるっていう今日いちばんの目的ができないまま解散になってしまう。
 それはこまる!
 おれは気を取り直してもいっかい顔上げて、

「――あ」

 思い出した。
 向こうから北見が走ってくる。あいつもだいぶ疲れてる。いい表情じゃないから、きっと見つからなかったんだ、って。
 そうじゃなくて!
 ばっと目をこらして見たそのなかに、たしかにいた。
 見おぼえがある、
 ――『いろんな浴衣の色のむこうに出たり引っこんだりしてる地味なアロハと茶色い帽子』

「北見! そいつ! そのアロハ!」

 おれの言葉で気づいた北見がすかさずへったくりにタックル。
 もちろんおれも加勢して飛び込む。

「やっとつかまえたぞひったくり犯!」
「なぎさの巾着返せ!」

 大声でさけんだら、今度はしっかり大人たちも手伝ってくれた。やっぱりヨノナカ助け合い大事だ。

「あれ? 山下くんと北見くん、どうしたの? あー! あたしの巾着!」

 よばれてふり向いたら夜空をバックに浴衣すがたのなぎさがいてちょーかわいい、じゃなかった、そうだいまこそ男を見せるとき!
 おれは取り返した巾着を、

「……あれっ」

 すかすか。
 そこにあったはずの巾着がない。

「高原、これ」

 ぐわっと首を向けた先で北見が、えっえっちょっとストップ!

「なんでオマエそれ持ってんの!?」

 しれっとなぎさのそばに近よる北見の手に、手に、苦労して見つけた巾着が!

「わ、すごーい! 北見くんが犯人つかまえてくれたの?」
「あ、うん、まあ。なんていうか、たまたま」
「しかもなんでひとりでやったみたいに言ってんの!?」
「北見くんかっこいいねありがとー」
「がーん!!」

 きゃっきゃって笑ってなぎさが北見をほめるから、おれはもう言葉が出ない。
 北見を指差したまま、ぱくぱく魚みたいに口だけ動かしてたけど、このまま引き下がってたまるか!
 男の……なんだっけ、そう、コカンにかかわるから!
 って気合い入れて立ち上がったら北見がすっげーあきれた目でおれを見てた。

「……沽券だよバカ」
「オマエもしかしてエスパー!?」

 はああっ、てこっちまで聞こえてきそうな深ぁーいため息。
 でもでもおれは言わなきゃ気がすまない!

「っていうかずっこいぞ! ぬけがけダメ、ぜったい!」
「勝負の世界はきびしいんだ」
「おれたち名まえでよびあったなかじゃん!」
「よっ、呼びたくて呼んだんじゃない!」

 真っ赤になってさけぶ北見に今度はこっちがため息つく番。

「やっぱ北見はハヤシさんの世界に行ってみたほうがいいよ~」
「だから冗談でもそんな話は……ってそういえばどんなところなんだ」
「あー言ってなかったっけ?」
「本当おまえポンコツな!」

 ふたりともなかいいんだねーなんて笑うなぎさへ素直に笑い返しておれは言う。

「ハヤシさんの世界はぁー、口に出した言葉がぜーんぶ真逆になる裏返しの世界なんだぜ!」


    ***********


「ぼくは、きみのことなんか大きらいだ!」

 さけんだ声は、聞いたことがないほどふるえていましたが、どうしたらいいのか、どうすればいいのか、それはわかりませんでした。
 手のひらをぐっとにぎりこむと、まだあの子の体温が残っているようです。
 おそるおそる、まぶたを開けば、そこには。
 きらきら。
 きらきらと光る、ふたつのビー玉。
 それが、みるみるかがやいて。
 あの子は、まんめんの笑顔を見せてくれたのです。
 からからから。
 静かに回るかざぐるまと。
 ぴーひょろろ。
 細い笛の音の楽が。
 いくつ年をかさねても変わらぬことを、坊やは嬉しく思いました。このお祭りを彩る囃子はあの日の思い出、そのものなのです。
 提灯に照らされた参道の端っこで、坊やは懐かしい音の調べに耳を澄ませました。
 短かった髪は少しだけ白くなり、大きくなった身体もそろそろ大事にするべき歳にさしかかってきましたが、それでも毎年、ここへ足を運んでいました。
 なぜなら、

「――」

 一瞬、ひときわ高く囃子の音が鳴った気がして、坊やは自分のまわりへ首をめぐらせました。
 からから。
 足元の風車が、不意に回ります。

「坊や、あそぼう」

 そこには、出会ったときと寸分変わらない、女の子の姿が。
 人とは思えない美しい桃色の髪。ビー玉のような丸い瞳。頭についた長い耳も健在です。

「もう、坊やではないんだよ」

 優しくこたえて、いくぶん皺の増えた手を、今度は彼から、女の子へ差し出しました。

 ――君と、一夜限りの縁を、何度でも。



見たよ!