『太陽の季節 邂逅の匂い』
Illustration:れとさん
theme:『太陽の季節 邂逅の匂い』
お題提供:山田壱号さん

Author:千佳さん




「あっついなー。もう夏! って感じよねー」
「まだ肌寒い日もあるけどね」
「暑かったり寒かったりホント嫌になるっ」

 友人は膝丈ほどもある長いスカートの裾を両手で軽く持ち上げ、ハタハタと風を作り出す。届く範囲があまりに狭くてその恩恵にあやかることはできないが、椅子に座ったままの自分はたまたま持っていた下敷きで風を作る。
 背中真ん中程まである髪を片手でまとめ上げ、首筋を扇いだ。今日髪ゴムを忘れたのは失敗だったな。

「あーつーいーよーっ」
「そうだね。でも口にするともっと暑く感じるからやめて」

 ふと窓から見上げた空の色にまで夏らしさを見出し、唐突に耳の奥で幼い子供の声が木霊した。

『ことしもさいたな! たいようのきせつのはじまりだ!』

 そう言って我が家の庭に埋められた百合の花が開花するたびに大喜びする同い年の幼馴染を、年不相応な冷めた目で眺めていた気がする。暑苦しい。そんな風に感じていた気もする。
 だが毎年夏になると、そうしてあいつが「太陽の季節」とはしゃいでいたことを否が応でも思い出してしまうのだ。特別な思い入れなどないというのに。
 どういう経緯で夏を太陽の季節と形容しては馬鹿みたくはしゃいでいたのかはいまだわからない。なにせその幼馴染は、もう何年も前に隣県に引っ越してしまったのだから。

「ねーえ、人の話、聞いてましたかー?」

 顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。過去に浸りすぎた。

「……ごめん、聞いてなかった」
「もうっ! アイス食べ行こうって言ってんの!」
「えー…、行きたいけどお金あったかなぁ……」
「放課後の冷房も効いてない教室でこうして駄弁ってるわけがわからない!」
「…財布の中身の確認くらいさせてよね」

 もしもーし、声をかけてもこちらの言葉に対する返答はない。一人で今日の暑さに負けず劣らずの熱さでなにかわけのわからないことを口にしている。……貴女も人のこと言えませんよ、人の話はしっかり聞きましょうや。
 変なスイッチが入った友人を無視することに決めて、鞄からお財布を取り出す。長く使った安物だからボロボロだし、そろそろ買い換えたいな。そんなことを考えて、小銭を数えた。

「…ん、コンビニくらいなら行けるかな」
「よし、行こう!」
「…………」

 そういうとこだけはしっかり聞こえるのね、とは口に出しては言わないでおいた。面倒だから。

「行こう!」
「はいはい」

 よいしょ、立ち上がって窓を閉める。教室に残っているのはもう自分たち二人だけ。日直の子に戸締りをお願いされていた。
 と言っても、鍵が開いているのは真横にあったこの窓ひとつだけだけど。

「一番近いコンビニでいいよね?」
「もっちろん!」

 学校の近所のコンビニは喫茶スペースも設けられているので、たまに生徒のたまり場になる。今日は開いてるだろうか。
 教室があるのが三階だから階段を下り、職員室の前を通って昇降口へ向かう。
隣に並ぶ友人の頭はもうコンビニでどのアイスを食べるかでいっぱいらしい。あれがいいかな、これがいいかな。次々と飛び出す商品名に耳を傾けて、時折相槌をはさむ。
 職員室を通り過ぎた時、ふと前から見慣れない制服の男子が歩いてくることに気付いた。
 この学校の男子の夏の制服は、上はただの白いワイシャツ。だけどその男子のものには袖の折り返し部分に黒チェックの細いラインが入っていて。
 友人もそれに気付いたらしく、話題が変わる。

「うちの学校の生徒じゃないっぽい?」
「だね」
「転入生かな?」
「そうなんじゃない? 知らないけど」
「何年だろーね」

 ほんの少し弾んだ声に、「さあね、」と適当に返した。だって興味ないもの。
 きっと職員室に用があるんだろうと勝手に推測して、窓の向こうに視線を投げる。
 ああ、これからもっともっと暑くなるんだな、と思った。半袖を着ていても。どんなに生地が薄くても。どれだけ露出していても。太陽がギラギラと地上に光を浴びせ、ジリジリと肌や土やコンクリートやその他すべてのものを焼き尽くそうとするかのように。
熱い、熱い太陽が地球のなにもかもを暑くする、そんな季節がくるんだな、と。

(……太陽の季節が、)

 自然とその言葉が心に浮かぶ。今の今までは思ったこともなかったのに、ほんの少し、ほんの少しだけ。――幼馴染のあいつに、会いたくなった。
 開いていた窓から風が入り込み、制服の襟や髪を揺らす。
 視線を前へと戻せば見慣れぬ制服を着た男子がだいぶ近くなってきていた。視線はお互いに向けることなくすれ違った、その瞬間。

「きっとそろそろ、太陽の季節が始まるなー」

 男子がぽつり、そんなことを漏らした。
 友人が「大きい独り言だねえ」と呟いたのを聞いてから、振り返る。相手も同じように振り返って、こちらを見ていた。

「庭の百合の花は、もう咲いてる?」

 笑うその人に、どこか懐かしい面影を見た。ちょうどさっき思い出していたあいつを大きく成長させたら、こんな感じになるのではないだろうか。
 ここでは匂うはずのない百合の香りが、ふわりと漂ったような、そんな気がした。

「……あんたはなんで、夏になるとそんなこと言って馬鹿みたいにはしゃぐわけ?」 

 気付けば口にしていた長年の疑問に、数年前に引っ越したはずの幼馴染は数度瞬きしたあと、声を上げて笑った。それはもう楽しげに。
 「変わってねえなあ!」という、どういう意味か問いただしてやりたくなるような言葉に、「あんたもね」と返したのは当然のことでしょう? ……むすっとしたような、笑っているような、そんな複雑な表情になってしまったのは失敗したなと思ったけど。
 でもそんなことすらも気にせず笑うそいつにちょっとだけ腹が立ったから。その軽そうな頭を一発叩いてやるために、私は一歩を踏み出した。



見たよ!