ウォンマガ夏フェス2015

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Theme:美しいままあなたが逝くなら

Author:希屋の浦さんTwitterID

 わたしの外見は中学生くらいらしいので、それらしい恰好をして日中は図書館にいる。以前ならば和装と呼ばれる恰好をしていたのだが、それを今やると非常に目立つのでやめた。目立つのは不本意だ。
 便利な点は、男とも女ともつかぬ外見に、どちらとも取れる恰好をできるようになったことか。
「すみません」
 静かだが完全に無音ではない図書館で、目の前に座る少女に声をかけられた。十三歳くらいか。目ばかりが大きい、白い凡庸とした顔の少女だった。
「何か」
 わたしに美醜は関係ない。十代のある時期というのは本当に美しい。心の色合いが、だ。心を食らうわたしとしては、美しいモノを食べたいのだ。
 そう、目ばかりが大きい十三歳くらいの少女。玲瓏としたその心は、非常に美しかった。凜としているのに儚げだ。
「あの……」
 少女は恥ずかしそうに下を向いてしまった。視線の先に広げられていたモノは教科書で、熱心に書き込みがしてある。
「先輩、ですか」
 同じ学校の、ということか。
「いや。学校、行ってないし」
「学区、どこですか」
 視線を合わせようとしないんだから。
「学区、ね。考えたこともなかったな」
 言葉自体を知らないわけではないが、どこからどこまでがどの町だなんてわたしは知らない。
「桜古町に住んでるんですよね」
 その名前は知っていたので、頷いた。
「じゃあきっと同じ中学校だ。わたしルエっていいます。流れる恵みって書いて流恵!」
「……シロキ。建物の城に鬼」
「凄い名前ですね。城鬼先輩、かぁ」
 もうひとつ、分かったことがある。
 わたしは人間でないせい、だろうか。人間があとどれくらいで死ぬか、というのがなんとなく分かる。
 梅雨が明け、夏本番というこの時期。
 彼女は、流恵は、このひと夏保つまい。
 だからこそ学校に行かず図書館にいるのか、とも思ったが、そういえばこの時期、学生が日中に図書館に多くいる。そうだ、夏休みだ。学校が休みなのだ。
 ……面倒だ、が。
 心を食らうのに交流を深めておくのはいいことだ。食べやすい。
「で、何訊きたかったの」
「え?」
「すみません、ってことは何か訊きたかったのかと思って」
 流恵は顔を赤くした。
「し、強いて言うなら、名前、です。いつもひとりで勉強してるから、気になってました」
 恥ずかしがるわりには随分はっきり言うモノだ。そしてわたしが何歳に見えたのか知らないが、先輩ではなく同級生という可能性はないのか。
 突っ込みどころが多すぎるぞ、流恵。
「今、何時」
 代わりにわたしは提案をすることにした。
「えっと、六時です。まだあと一時間あります」
 閉館時間を訊いたわけではない。
「流恵はこの後なんか用事あるの。親がうるさいなら明日にするけど」
「ごめんなさい、うち門限七時半なんです。今時うるさすぎですよね。図書館で勉強したらもう帰らないと」
「明日は」
「午後早い時間なら空いてますけど」
「じゃあお茶しよう。図書館で長々と喋ってられないし」
 今日は帰るね、と言ってわたしは先に席を立った。
「一時半。図書館の前で、待ってる」
 流恵はぶんぶんと頷いた。



 こういう時女の子は可愛らしい恰好をするのだろう。事実、流恵は前夜から考えたのだろうが、考えすぎたのか青い花柄のワンピースを着てきた。似合っていたからいいと思うが、本人は「素っ気ない恰好でごめんなさい……」と小声で謝っていた。わたしにとってはどうでもいい。そしてワンピースは素っ気ない恰好なのかという疑問もある。
「この辺で喫茶店っていうとスタバしかないけど、お金大丈夫?」
「は、はい。ちょっとは持ってきました」
 こちらも世間からズレないために努力はしている。お金の出所は秘密だが、違法な手段に訴えてはいない。
「行こうか」
 アスファルトを焼き付ける日の音がしそうだ。すたすたと歩くと、流恵が少し遅れてついてくる。
「混んでるかも」
「駅裏だから大丈夫ですよ」
 地下にも席のあるそのスタバは、流恵の言う通り満席ではなかった。混んではいたが。それぞれ本日のコーヒーを注文し、
「二杯目は百円なのか」
「そうなんですよ。だからわたし、いつも本日のコーヒー頼むことにしてます」
 喫茶店なんてほとんど行かないから知らなかった。
 席に座り、冷房にひと息ついたところで、黙っているのに耐えかねたのだろう、流恵は訊きづらそうに訊きたかったのであろうことを訊いてきた。
「城鬼先輩、どうして学校行かないんですか」
 答えづらそうにした方がいいんだろうか。と思ったが、
「行く必要がないから」
 素直に答えた。たぶん真実とは異なる意味に取るだろうが。
「学校なんて行ってもしょうがない。群れる必要なんてないし、勉強はひとりでもできる」
「さびしく、ないですか」
「別に」
「わたしは、友達、いなくてさびしい、です」
 からん、と音を立てたのは流恵の心だ。氷がグラスに当たる音のように軽かった。
「授業の時ペア組んだりグループになったりするんです。別にいじめられてるわけじゃないから、嫌がって誰とも組めないってことはないです。でも、余ってた誰かが数合わせのためにわたしと組んでるのは分かるから、さびしい……」
「いじめられてなきゃいいような気がするけどね」
「わたしは先輩みたいにそうは割り切れません」
 そう言う流恵の目が少しうるんだように見えて、わたしは慌てた。震えている心が透き通っていって慌てたのだ。人間の心は存外脆い。
「じゃあ、こうやって話せて良かった。ひとりは友達ができたじゃないか」
「城鬼先輩は、わたしの友達になってくれる、んですか?」
「これも何かの縁だし」
「ありがとう、ございます……!」
 人目をひくからぽろぽろ涙をこぼすのはやめてくれないだろうか。わたしは目をそらしてコーヒーを飲む。苦かった。
「泣くのをやめてくれると嬉しいかな。まわりから見ると泣かせたようにしか見えないんだよ。きっと」
「は、はい。すみません。思わず」
 流恵はごしごしと手で目をこする。
「学校、休みがちだったから。友達、できなかったんですよ。きっと」
 自分を納得させるように流恵は言う。
「どっか悪いの?」
 それで死にそうなのか。
「全体的に悪いんです。からだが弱いって言えばいいのかもしれません。何回も死にかけるし。だから、学校に自分から行かないなんてずるいなぁ、って思いました。実は」
「そっか。健康優良児には想像がつかないな。今、大丈夫なの? 思いっきり人混みだし外だけど」
「今は大丈夫です。退院して今日で一週間くらいなので、しばらくはきっと」
 大丈夫じゃないだろうに。
 白い肌はそれでか。ろくに日差しを浴びていないわけだ。
「退院すると、スタバ連れてってもらうんです。小学生の時はフラペチーノ飲んでました。でも苦くて、生クリームしか食べなかった時もあります。最近やっと普通にコーヒー飲めるようになって」
 からん。
 流恵の心が音を立てる。
 きらきら光る流恵の心は声をなくすくらい美しい。
「美しいまま流恵が逝くなら、わざわざ……」
 珍しい。同情してしまった。
「え?」
「いや、なんでもない」
 心を食らえば、人はその瞬間に壊れる。
 流恵に笑顔で、美しいまま逝って欲しい。
 わたしは目を閉じコーヒーを飲んで、
「ほんとになんでもないんだ。ごめん」
 笑ってごまかした。
「城鬼先輩、初めて笑った」
 そうさ。わたしでも笑う。自分でも珍しいと思う。
 人間に同情するなんて。
 美しいまま逝って欲しいなんて。

***

あずまさんのイラスト

Illustrator:あずまさんTwitterID

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