ウォンマガ夏フェス2015

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Theme:わたしはあなたの魔法使い

Author:千佳さんTwitterID

 幼い頃、よく転ぶ彼にわたしがしてあげたこと。
『あなた、またころんだの? しょうがないなぁ……。いたいのいたいの、とんでけー!』
『……なぁに、それ?』
 首を傾げる彼に、胸を張って答えたものだ。
『いたくなくなる、まほうのじゅもん!』
 目を輝かせた彼の『すごい! まほうつかいみたい!』なんて言葉に、わたしもいい気になったりなんかして。そして口にした言葉は、子供の「夢」そのものだったと今は思う。

 それから数年、あれは魔法の呪文なんかではなく、気を紛らわせるただのおまじないだとわたしたちは知った。自分の勘違いに顔を赤くしたその隣で、彼はわたしを見て言う。
『でもやっぱり、僕にとっては魔法の呪文だよ。それに、ずっと僕の「魔法使い」でいてくれるんでしょう?』
 慰めているわけでなく、本心からの言葉だったと彼の顔を見ればわかった。
 ――『わたし、あなたのまほうつかいになってあげる!』
 そんな上から目線の言葉を、今でも覚えていてくれることが純粋に嬉しく思った。

 けれど。無邪気に口にした自身の言葉と、純粋に信じてくれた彼の言葉は今も、わたしを縛っているらしい。


◆◆◆


「ねっ、ねっ! 髪変じゃない? リボン曲がってない? 大丈夫?」
「……朝から何度同じこと訊けば気が済むのかなぁ?」
 呆れ口調。机に肘をついて、髪を触ったり顔を触ったりスカートの丈を気にする彼女を見つめた。そんなこと気にしなくても、そのままの貴女が好きだと「彼」は言うだろうに。
 ずきりと痛む心臓は無視をして。彼女の後ろから近寄ってくる彼に視線を投げた。
「準備大丈夫?」
「ほわあ!」
 びっくりしたと胸を押さえる彼女に、ごめんねと謝る彼。でもその声に反省の色はなく、彼女の反応がかわいいからわざと驚かせたんだろう、と。
 じっと見つめていたら、気付いた彼が「内緒ね?」とでも言わんばかりに口の前で人差し指を立てた。
「あっ、アイコンタクトなんかしちゃって……! 幼馴染だからって仲良すぎだよーっ」
 拗ねた彼女の言葉が抉るのが傷の一部ではなく、その傷すべて丸ごとだったらどれほどよかったか。
 冷える心の内とは正反対にわたしは笑う。撫でようと伸ばしかけた手は意識して止めた。……彼女の頭を撫でて慰めるのは、わたしの役目ではない。
「そんなこと言ってないで早く行きなさい。リ、ア、充!」
 真っ赤になる彼女と、照れ臭そうにはにかむ彼。二人はふと見つめ合って、幸せそうに微笑んだ。
 ――彼は物心ついた頃にはすでに一緒だった幼馴染。彼女は高校に入学して初めてできた親友とも呼べる友人。どちらも大事で、大切だった。
 だからわたしは、二人の背中をそっと押した。でも、と渋る彼女にはきっと大丈夫と微笑んで。だけど、と戸惑う彼には「魔法使い」の言葉が信じられないの、と彼が迷ってアドバイスを求めてきた時に必ず使う言葉で半ば脅すように。
 その結果が今、目の前にこうして並ぶ二人だ。
 いわゆる放課後デートとやらに出かけるらしい彼らの背中を見送りながらふと思い出した。……背を押したあの時も、本当は、息ができなくなりそうなくらい、心臓が痛かったことを。
「……座ろう」
 腰を下ろした自分の席。窓際の前から二番目、なかなか気に入ってるそこに頬杖をついてじっと黒板を見つた。窓の外に目を向けないのは、できるただひとつの抵抗。

 ……どれ程、そんな風にぼーっとしていたのか。気付けば空にはすっかり赤みがかかり、部活をしている以外の生徒の姿は皆無といってもいい。
「……」
 ふらり、立ち上がって。わたしはようやく帰る気になったのだった。
 わたしの教室は階段から二番目に近い。後ろの扉から出ればすぐそこに階段があるのだが少し奥まったところにあるため、ギリギリその位置から階段を見ることはできない。窓側の壁沿いを歩くと階段の方から来た人とぶつかってしまったりなんて事故はよくあるし、よく見かける。
 そんな、どうでもいいことを考えていたせいだろうか。
 角を曲がろうとして、どんっ、なにかに鼻をぶつけてその反動で半歩下がった。まさしく考えていたことが実現したわけである。
「いったぁ……」
「すみません! 大丈夫ですかっ」
「……大丈夫、です」
 ぶつかった鼻を押さえて、顔を上げた。名前も知らない、男子だった。
 頭半個分は高い、ぶつかってしまったその男子の襟もとに付けられた学年章は二つ下のもの。一年生なら名前は知らなくて当然か、にしては身長高いな、なんて思いながらぼーっとしていたから。彼は相当痛いと勘違いしたようで、ひどく焦っていた。
 あたふたと周囲に視線を走らせるものの、下校時間をかなり過ぎたこの時間帯に構ってくれる人がいるわけもない。
 本当に大丈夫ですから、そう言おうと口を開くよりも先に、なにか閃いたのか。彼の目がパッと輝いた。
「いたいのいたいのとんでけ!」
「……え?」
 驚いて目の前のその人を凝視した。でも彼は至極真面目な顔をしている。
「今の、って……」
「……ああっ! す、すみません! 俺、小さい妹がいて、つい癖で……!」
 我に返り顔を真っ赤にしてわたわたと言い訳を口にする彼に、幼い頃顔を赤くして俯いた自分が重なった。
「……ふっ、」
 漏れた笑い声に、彼がえっ、と驚いた顔をした。
「あ、はっ、あははははっ!」
「えっ、ええっ」
 戸惑う彼には申し訳ないけれど、一度こぼれたものはなかなか引っ込んではくれなくて。
「あはっ、はは……っ」
 目の前がぼやけるものの原因は果たして笑いすぎなのか、それとも。
「あ、あの……?」
「……あー、ごめんなさい。気にしないでください」
 あくまで口元は笑ったまま、目元をぬぐう。指先を伝う滴は、手を振って飛ばした。
「驚かせてごめんなさい。わたしも小さい頃よく幼馴染にそのおまじないしてあげてたから、懐かしくって」
 ……それだけで? そう思うはずなのに、彼はなにひとつ追及することなく、うなずいだ。
「小さい子って、不思議と言葉ひとつで泣きやんでくれますよね」
「ただのおまじないなのにね」
 苦笑い。昔わたしの間違いを指摘した言葉はただの事実でしかなかった。誰もが受け入れる事実。「魔法の呪文」だなんて一笑されて終わりだろう。ただ一人、彼だけをのぞいては……。
「それでも小さな子たちからしたら、魔法の呪文みたいなものなんだと思いますよ」
 その言葉に、無意識に俯きかけていた顔を上げた。わたしが言葉に出していたわけではなくて、そう思っているだけなのだろう。だけど、――めぐる、巡る、廻る。彼の顔が、言葉が。
『でもやっぱり、僕にとっては魔法の呪文だよ。それに、ずっと僕の「魔法使い」でいてくれるんでしょう?』
 ぽろり、気付くとこぼれ落ちていた滴に目の前の人がぎょっと目を剥いた。
 またも驚かせてしまったことが申し訳なくて。それを止めようとしても止まらなくて。ゆっくりと両手で顔を覆って今度こそ俯いた。

 本当の心を隠して背中を押したこと。苦しくはあるけれど、後悔しているわけではなくて。
(――ねえ、わたしは今も、あなたの魔法使いのままでいられていますか)
 わたしを動かすのは今も昔も、ただそれだけの理由。

***

漣猗さんのイラスト

Illustrator:漣猗さんTwitterID

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