ウォンマガ夏フェス2016

お題:簪 | 絵:nicco | 文:綿津見

燈下移魂


八下の赤

   その国では、八は忌むべき数字とされていた。
 八の月に災が多いのか、厄が多いからその時季を八の月と定めたのか。メビウスの帯のごとく、どちらがその始まりであったのかは今や定かではない。それは親の、そしてまた親の……代々の教えとして、慣習として民衆の心にしっかりと根付いている。
 八の月、八番目の夜。その日は例年、空に月のない晩であることが多い。暗い夜、重たい闇を少しでも遠ざけようと、全ての家は軒先に明かりをかかげる。球形や菱形に炎を閉じ込めて、家を、通りを暖色に染める。明かりは黒を紛らわせるとともに、死者の魂を導く目印でもあった。そうして人々は親しい者たちと夜通し語り合いながら、今は亡き人を愛しむ。一軒一軒少しずつ形の異なる明かりを道しるべに降りてきた故人が、傍らに佇んでいると信じて過ごすのだ。その晩は日常を慈しむ心と非日常を楽しむ心が混ざり合い、近年祭りの様相を成してきていた。日中には数多くの屋台が並び、この日に合わせた特別な料理も考えられ、近年名物になっている。
 それでもやはり、八は良くない、特別な数字とされている。
 その国では、八代ごとに王の后が早世する。
 八人の王の代替わりを己の目で見届けた者はいない。それでも記録が、口伝が悲しき事実をたしかに伝えている。民衆は、国を想う王による平和な治世を等価に、愛し合う二人に降りかかる呪いではないかと囁いていた。



 時は、八の月から、一年と少しばかり遡る。
 夏を控えた生ぬるい空気が都を渡っていく。
 王宮からは市井をよく見渡すことができた。欄干にもたれかかって行き交う人並みを眺める人物が、この国の王本人であると気付く者はない。即位してまだ一年ばかりの男は、普段いくら賢王だと褒めそやされてはいても、冠を外し、高貴の証である紺の上衣を下ろしていればその辺に数多いる役人と変わりがなかった。
 王は黒髪をかき上げながら、つい欠伸が零れ出た口を覆う。後ろで付き人が微かに眉をひそめる気配がしたが、小言は何も言ってこなかった。今日の公務は滞りなく終えられている。今はしばし与えられる私的な時間だ。
 見下ろす街は平和である。夕暮れに赤く染まった建物と建物の隙間に民衆の流れが垣間見える。このところ天候の荒れもなく、農耕や商売にも乱れはない。ぬるさを孕んだ空気が平和を体現しているかのようだ。ふあ、とまた欠伸をかみ殺す。
「陛下」
 付き人が静かな声で男を呼んだ。咎めの言葉が続くかと思いきや、何やら別の者から伝言を預かったようだった。
「流れの商人が謁見を求めております。大陸の装飾品をご覧に入れたいとか。占も嗜むなどと言っているようですが……、いかがされますか」
 通常であれば、どこの者とも知れない商人など追い返すものだろう。ましてや事前に通達さえ送ってこない他国からの者など、王族の命を狙う輩であってもおかしくない。しかし、王の幼い頃から傍に控えている付き人は彼の性格を熟知していた。この若い王は常に退屈している。時おり外から刺激を与えてやらねば、自ら市井へと飛び出していってしまう。いくら平和な世と言えど、庶民に扮装した王の探索に、無駄に人時を割きたくはない。
「ほう」
 案の定、男は興味を示した。王宮を訪れる輩の身辺調査は入門の時点で行われる。それでも万一ということはある。だが王は自らの危機を顧みない、大げさに言えば生に無頓着な性質であった。
 以前、ちょうどこの男が即位したての頃、祝いの品だと言って、どこの出自とも知れぬ男が珍しい果実を贈ってきたことがあった。その果実の間に毒蛇が紛れ込んでいたのだ。検査の時点で蛇は摘出されたため大事には至らなかったが、報告を受けた王は微かに相好を崩し、かの美姫と同じ死に方が選ばれたとは光栄だ、などと零して付き人に苦言を呈されていた。
 その折は未然に事故を防げたものの、何が起こるかは分からない。権力者は賢愚や貧富を問わず、ただ存在するだけで命を狙われるものだ。
 今回の訪問者は、大陸の顔立ち、出で立ちに、しかし流暢な国語を話す男であった。
「お目にかかれて光栄至極でございます、陛下」
 慇懃無礼に見える挨拶を済ませて、商人は、連れていた幼子に品を並べさせ始めた。子供は淡々と籠から小物を取り出し始める。
「古今東西から集めた小物たちです。祝福付きに呪い付き、様々ございますよ」
 敷布の上へ等間隔に置かれた品を前にして、商人は胡散臭い顔つきで笑った。対して横に控える子供の表情は薄く、奴隷ではあるまいが、商人と親子の関係にあるとは判別しがたい様子に見えた。
 王は二人の様子を観察しつつも、肘をついたまま身を乗り出す。
 どこで手に入れたのか、色調の異なる品々であった。螺鈿の施された小箱、翡翠色に輝く腕輪、細やかな彫刻の女像、古ぼけた冠、……それから。
「……これは何だ?」
「さすが陛下、お目が高い」
 商人が唇で微笑む。
 男が指したのは、金属の芯の先に、赤い実を模した玉と飾り紐のついた品であった。
「これはホオズキの簪でございます」
 商人は簪を掬い上げて王へ手渡した。赤い実は本物の植物を使用している訳ではないらしく、摘めば微かにひやりとする。林檎のような、血のような、鮮やかな赤の奥に緑や青の粒が透けて見えた。
「簪とは髪を結うための装身具でして……、そのまま御髪をまとめても良し、冠を固定するのに使っても良いものです」
 こう、くるりと。商人は手振りで使い方を披露し、そうしてそれだけではないのです、と重ねた。
「美しき娘、未来の后の心を──捉えたい、閉じ込めておきたいと思うこともあるでしょう、そんな時にはこれです」
 ホオズキという植物は花を咲かせたあと実をつける。赤く見えるのは皮の部分で、その内側に包まれているものこそが実にあたる。皮の中身はほとんどが空洞で、だからこそ心の器として機能し得るのだ。そんな信憑性の怪しい話を商人は滑らかにしてみせた。
「なるほど」
 話半分に聞きながら、王はひやりとした簪を手の中でしばらく弄んでいた。



 男が「未来の后」に出会ったのは、それからそう遠い「未来」ではなかった。
 それもまた退屈しのぎにと、王宮へ楽団を呼んだときのことであった。
 楽器を奏で、それに合わせて舞う老若男女の一団の中に、藤色の長い髪を持つ娘がいた。驚くほどに色の白い、明るい髪と着物の似合う娘。幾人もいる踊り子の中で彼女だけが照明を浴びているかのように際立って見える。
 直感、いや、確信だった。
 この娘が自分の伴侶となるだろうと。
 権力や財力にとり憑かれた人間の妄信だろうか。俗に言う一目惚れという感情だろうか。魂の底から湧き上がってくる、すすぐことのできない思いが男を支配していた。
 付き人が「たった一人の娘ばかり見つめて、誰から見ても筒抜けですよ」と呆れまじりに冷やかしても、王は瞬きでさえ惜しい思いで凝視を続けていた。それは公務以外の時間を普段退屈に濁らせている王にとってあまりにも鮮烈で、一秒たりとも取りこぼせない時間であった。
 弦楽器や打楽器の弾ける音に合わせて娘が回る。藤色の髪が広がる。娘もまた、王の顔が視界に映るたびにその目をしっかりと捉えているように思えた。それが私的な思いによるものか、はたまたこの余興を献ずべき相手への単なる礼儀によるものかは分からない。ただ男にとって、今この瞬間、娘と自分が視線によって繋がり得ていることが全てだった。
 一際強く楽器がかき鳴らされ、演奏が終わる。
 周りで見ていた者たちが惜しみない拍手を贈った。楽師たちが一斉に頭を下げる。そうして場を取り仕切っていた司会の合図で、楽団は達成感とともに退出を始めた。
 娘が行ってしまう。
 男の頭を過ぎったのはひとえにその一念だった。
「──、」
 声もろくに出せないまま、王は咄嗟に立ち上がり、去り行く娘の手首を掴んだ。
 娘が振り向く。先ほどまでとは比べものにならない近さで二人の視線が噛み合う。
 他の誰もが驚きに目を瞠り、場がざわついた。付き人などは、普段の主からは想像できもしない愚行に天を仰いだ。
 ざわつく周囲に、娘の反応だけは違っていた。彼女はすべて分かっていると言わんばかりに、喜色一面に微笑んだ。純真無垢な白い花を思わせる笑み。
「お会いしとうございました、」
 娘はそう言って、王の耳元で、かつての王の名を囁いた。



 その娘は、程なくして若い后となった。
 やんごとなき出自とは縁遠い女が王に見初められる物語は、しばしば嫉妬や羨望といった良からぬ感情を招くものだが、今回の婚姻は二人でさえ驚くほど民衆に歓迎された。
 今この国が平和で、近隣国との縁談が何ひとつ持ち上がっていなかったこともあるだろう。あるいは、八代目の王と后への同情にも起因していたかもしれない。
 八代目。
 この国が建国されてから、ではない。后が早くに世を去るという、図らずも同じ数字ごとに起こる悲しき出来事から数えてのことだ。今の王と后は、子を生む前に夭折した后の代から見てちょうど八代目であった。
 民の内にそんなほの暗い不安は燻っていたものの、現状、若い后はいたって健康体であると診断されていた。后はあと五、六年が経過しようとも、十分に若いと言える齢であった。
 満月のさやけき光が差し込む晩。
 王と后の二人は小さな子供のように手を取り合って、寝静まった王宮内を散歩して回っていた。
 娘が先立って王の手を引く。回廊の壁に掲げられた、代々の王夫妻の肖像画を見ながら、自由気ままに進んだり立ち止まったりしては、絵画を指差して名を尋ねる。王は幼い頃に付き人から詰め込まれた、先代たちの名を答えてみせる。
 娘の踊るような足取りがぴたりと止まったのは、今から八代前の肖像画の前だった。
 一枚の絵であっても、若い二人の仲睦まじげな様子が伝わってくる。后は、王が何か言う前に二人の名前をあげてみせ、絵の中で微笑む女に指先を当てた。
「あなた様、知っていました? わたし、この頃より、今の髪の方が好きなんですよ」
 はにかみながら娘は、自身の髪をするりと梳く。
 絵の女の髪色は茶、娘の髪色は藤。珍しい色は暗闇にあっても薄く輝く光沢を持っている。
「私はどんなお前でも好きだ」
 王は照れる様子もなく模範解答を返した。
「前も、その前も。今も、これからも」
「あなた様なら、今生もきっとわたしを見つけてくださるって思っていました」
 巡る死生、男は必ず国の世継ぎに生まれつき、娘は男に見初められる。
 そうして早くに死に別れ、国の王が八代分変わる頃、生まれ変わった二人はまた出会う。
 民衆が呪いだと、八という数字を忌むのも見当違いなことではない。
 それが魂に刻み込まれた呪いなのか、この国の宿命なのか、事情を説明してくれた者はない。ただ心昂ぶる邂逅とやりきれない別れを繰り返せば繰り返すほど、二人が互いを想う気持ちが募っていくだけだ。
「ある日、広場からあなた様の姿をひと目見て、分かったのです。それまでずっと何か忘れている、何か忘れていると感じていましたが、本当に……こんな大切なことを思い出せずにいたなんて」
 それからは、王宮で披露する機会をいただけるよう、踊りもひと際頑張りましたよ。睫毛を伏せながら娘は首飾りに触れた。真珠を連ねた装飾品は細い首によく似合っていた。
 王は感情に任せて后を強く抱き寄せた。抱きしめるたびに娘の細さと今にも消え入りそうな儚さにどきりとさせられて、一度腕を解いてからまたそうっと中に閉じこめる。
 彼女はこれまで一度も母親になれたことがない。
 男の思いなど露知らず、彼女はくすぐったいのか、くすくすと笑みを零しながら腹部を押さえる。顔が見えないのをこれ幸いに男は眉間をぎゅっと寄せた。
 彼女と出会うまでの日々はいつも退屈で、出会ってからの日々はいつも短い。八という数字に縛られながら、いつもそれを繰り返している。



 今年も八の月、八番目の夜はやって来る。
 民衆は例年通りに準備を進めていた。日に日に軒先に吊るされる灯篭の数が増えていく。
 王と后は時おり二人で露台に姿を現しては、八番目の夜に近づいていく街並みを眺めていた。それに気付いた民衆が完成をあげれば、小さく手を振り返して応えるのだった。
 これは付き人を含め、ごく少数の者しか知らない事実であったが、后は少し前まで懐妊していた。しかし身ごもった子は陽の目を見ることなく、あまりにもあっけなくこの世を去り、引きずられるようにして、ここのところ后自身も床に臥せっていた。市井に下りていけるような容態ではなく、露台から顔を見せるのがやっとの状態であったのだ。
 近年、八番目の夜は、故人を悼みつつ、近しい者との時間を慈しむ場となっている。これほど直近に迫った段階で后の容態を明かしたりしてその雰囲気を壊したくないと言い出したのは、后本人であった。彼女の不調は伏せられたまま、表向きには何の問題もないように日々は過ぎている。
 ついに八番目の夜が来て、国は暖色の光に包まれていた。
 しかし王と后のいる部屋だけは、小さな火が灯されているだけで全体的に薄暗かった。まだ眠るには早い時間だったが、娘は寝台に横になっている。男は娘の横に椅子を寄せて、その手のひらを両手で握り締めていた。
「あなた様と出会ってからの日々は、いつもあっけないほど……短いですね」
 止まらない咳で眠れぬ夜を過ごしながら、娘が掠れた声を出す。
「前の自分を覚えたまま、何度も繰り返しているせいで……魂に詰め込まれた情報量が多すぎるのでしょう。わたしの身体が耐えられないのです」
「それを言うなら、私だって……」
 繰り返しているのは同じだ、と言おうとして言葉が続かない。
「この真珠で魂を内に留めていたのですが、どうやら限界、のようです」
 掴んだ手が少しずつ熱を失っていく。男は自らの温度を娘に分け与えようとするかのごとく、いっそう強くその手を握り締めた。
「私はお前を諦めない」
 男の言葉に娘が薄く、弱弱しくも微笑めば、
 ぱつり、と糸の切れる音がした。
 首飾りの真珠が寝台に散らばり、ざらざらと床に零れる。盆に帰ることのできない水のように、真珠は四方へ散っていき、それに引きずられるように娘の顔が蒼ざめていく。
 やがて開いた唇から、最後の呼気が出ていったのが分かった。
 男は囁くように娘の名を呼ぶ。
 返事はない。
 八番目の夜、国中に明かりが灯されている中で、音も立てずに小さな火が消えた。



 遠くで緩やかに煙が立ち上っていくのが見える。あの煙は単なる焚き火だろうか、ここからでは判然としないが、穏やかな煙を見るといつもあの日のことを思い出す。
 王は露台に佇んでいた。
 その隣に后の姿はない。
 愛する人を喪った王の目は翳りを帯びているが、生を諦めるほどに濁ってはいなかった。冬を控えて冷たくなってきた風に、
「……ああ、うん、そうだな」
 外套をかき寄せながら男が呟く。その相槌は打つべき元の話を持たず、突如発された言葉に、室内にいた付き人が胡乱な顔をする。今に始まったことではないが、やはり、いささか気味が悪い。王の、ひとり言とは到底思えないひとり言は。
「またあいつに変な目で見られたから、突然話しかけないでくれ。……え? いや、それは困る」
 王のひとり言は続く。
「一度くらい、お前と共に死んでも許されるだろう」
 付き人はますますぎょっとして王の背中を追う。亡き后の後を追うととれる発言に気が気でなかった。
 后が夭折してしまったあと、王は失意の底にはいたが、治世に影響を出すほど長く悲しみに囚われてはいなかった。元の賢い王のまま、民衆を思いやって公務を果たすという姿勢は変わらない。
 ただ、誰かの声に応えるような呟きが異様に増えた。愛妻を喪って悲しみのあまり気が触れてしまったのだ、とそう考える臣下も今や少なくない。
 付き人の心配など気にもかけず、王は自室へと身を翻す。
 黒衣に身を包んだ男の頭には、ホオズキの簪がしゃらりと揺れていた。



 あの日、娘が己の魂の容量に耐えかね、二度と目を開かなくなってしまった日。
 すっかり冷たくなった娘の手を掴んだまま、まさしく呪いというべき運命を呪った脳裏に、過ぎったのはいつかやって来た商人の言葉だった。
 祝福付きから呪い付きまで、取り揃えたという怪しき品々。
「……そうだ、あのとき」
 男はふらりと立ち上がり、自室の棚を探る。手のひらが握ったのは、気まぐれに購入したホオズキの簪だった。
 祝福付きなら大歓迎で、呪い付きなら、……既に呪われた身にこれ以上怖いものなどない。
 縋る思いで娘の傍によれば、ホオズキと娘の胸元が呼応するかのように、それぞれ青白い光を浮かばせた。思わず彼女の身体を寝台から引きずり出し、肩にもたれかけさせる。青い球体は明滅と伸縮を繰り返しながら、白や黄色の光を零した。
 真珠のような光の粒たちは、連なってふわりと動いたかと思えば、また戻ってきてくるくると流れを作る。
 宙に無限が描かれる。
「……頼む」
 男は声を絞り出した。眉間に皺を寄せすぎて、頭痛のごとく、ずきりずきりと痛む。
 娘の胸元の光はだんだんと弱まり、比例してホオズキの光が強くなる。やがて光はホオズキの中へ、吸い込まれるようにして消えていった。
 そうしてホオズキの中に閉じ込めた娘の魂に、今のところ損傷した様子はない。
 娘の身体の葬式が終えられ、喪に服していた国が落ち着きを取り戻した頃、娘の魂はホオズキの内側で目を覚ました。始めは動揺したようだったが、今はホオズキの内側から外の世界を見ながら、眠りたいときに眠り、起きたときには男と会話をしている。
 娘の声は、男にしか聞こえない。周りから気が触れたと思われようと、自らの手で得た娘との時間を手放す気は男になかった。
 これが輪廻に逆らう行為だったとしても、罪は全部、己が背負う心持でいた。そもそも不健全な巡りに閉じこめられていること自体がおかしいのだ。
「時間ならある。二人で生きて、二人で死ぬ方法。おかしな呪いを解く方法を、一緒に探そう」
 王は片時も手放せないホオズキの簪で黒髪を結い、眉間に皺を寄せながら笑う。
 娘の声が脳内で響く。
 彼女に初めて出会ったときの鮮烈さを覚えている。彼女の髪がふわりと広がっていたこと、肌の白さが美しかったこと、花を思わせる笑みを一身に受けたことは覚えている。
 覚えている。けれど事実として覚えているだけで、その実際を思い出せない。こんなに近くにいるのに彼女の輪郭が年々曖昧になっていく。
 その国では、八代ごとに王の后が早世する。
 ……それでも私は諦めない。口には出さず、男は胸中で何度目かの決意を上書きする。
 熱を帯びたホオズキが、王の歩みに合わせて揺れた。



   了