ウォンマガ夏フェス2016

お題:ペンダント・ブローチ | 絵:ボロ | 文:りんよう

Beautiful color


美しいその色を焼き付けて

   人里離れた森の中。そこに不気味な様相の小屋がある。毎夜毎夜、暇を持て余した貴族たちが足を運んでいるという。その小屋に集められているのは、世にも珍しい見世物たち。
客人たちが小屋に入るとまず目に入るのは大きな檻だ。光が少ない室内で、ひときわ闇が深い檻に目を奪われると一人の男が現れる。
「さぁさぁ、お集まりの紳士淑女の皆様方! 今宵お目に掛けますは『涙が宝石に変わる奇跡の少女』! その名も『ビジュ』と申します。……中東が産んだ奇跡をどうぞご覧あれ!」
どこか胡散臭い前口上が終わると、主人が少女の入った檻に光を当てた。白々しい光に当てられて浮かび上がった少女の姿は儚げで、客人たちが息を飲む。
 褐色の肌、少しウェーブがかかったブルネットの髪、目も覚めるような鮮やかな青いドレスを身に纏った少女はとても神秘的だ。
 客人たちは少女の容姿もさることながら、その澄んだエメラルドのような瞳に目を奪われている。
 豪奢な椅子に座った少女……ビジュは胸にガラス製の瓶を抱いて客人たちを見つめた。その表情はすべてを諦めきったかのように暗く沈んでいて、彼女の雰囲気をより一層神秘的なものにする。どこか虚ろな瞳がキラキラと煌いて、彼女は表情一つ変えずにポロリと涙を零した。
 コロン、と音を立てて涙は瓶に落ちる。否、正確には涙だった宝石が。ビジュの瞳から零れた涙は一瞬にして小さな宝石に姿を変える。
 黄、青、赤、緑、透明……色とりどりの宝石がビジュの瞳から瓶に降り注いだ。その奇跡と呼ぶに相応しい現象に、客人たちは息を飲む。
「なんと美しい……」
「これぞまさに神の奇跡だ」
「零れ落ちる宝石の煌びやかなこと……!」
「穢れを知らぬ聖女のような澄んだ瞳……それ自体が稀代の宝石のようですわ」
口々に客人たちは少女を褒め称える言葉を口にした。その言葉を聞いた主人はニィといやらしい笑みを口元に浮かべる。そして、コホンとわざとらしい咳払いをして客人たちの注目を自分に集めた。
「皆様、この奇跡の証を記念に持ち帰りたいとは思いませんか?」
 主人の言葉に客人たちは顔を見合わせる。どういうことなのか測りかねているのだろうか。困惑する客人たちに主人はニコリと綺麗に笑みを形作った。
「ビジュの生んだ宝石たちを記念にお持ち帰りくださいませ」
 その主人の言葉に客人たちはざわめいた。そんな客人たちを片手で制し、主人はビジュから瓶を受け取る。そして、脇に控えている男にビジュを連れて行くように指示を出した。
 檻から出されたビジュは男に手を引かれ、自室へと戻る。強欲な主人がオークションを始める声を背に聞きながら……。


「ただいま……」
「おかえりビジュ。酷いことはされなかったかい?」
「うん、大丈夫」
「そうかね。それならいいのだけれど」
「ブロッシュは心配しすぎ」
 部屋に戻った私を待っていたのは、真っ白なクジャク……アルビノと言うらしい。彼はブロッシュ。人の言葉をしゃべれる神の使いとして見世物にされている。私がこの見世物小屋に来てからずっとそばに居てくれる親友だ。
 ブロッシュと話している間にも、雑用係のジャンは私の首から下がったネックレスに鎖をつけて出ていく。これは逃亡防止の物だと聞いた。
「ねぇブロッシュ。今日も外のお話聞かせて?」
「ああ、もちろんだとも。どんな話をご所望かね」
「綺麗なお話が聞きたい」
「ならば、朝焼けの話をしよう……。朝日に染められた世界はそれはそれは美しいのだよ。そう、まるでビジュの涙のように」
 ブロッシュはこの見世物小屋に来る前は、色んな物を見たらしい。私は物心ついた時から此処にいるから、何も知らない私にブロッシュは沢山外のお話をしてくれる。それを聞くのが私の日々の楽しみになっている。
 ……誰にも言ってはいないんだけれど、いつかこの見世物小屋から逃げ出して外の世界をこの目で見たいと思っているんだ。
「ふわぁ……眠い」
「お疲れ様。ゆっくりおやすみ」
 何もないのに涙を流すのはとても疲れることで、私は表に出たらすぐに寝ることにしている。
「おやすみビジュ。よい夢を」
 ブロッシュの羽毛に顔を埋め、優しい声を聴いて私は眠りにつく。

「さぁさぁ、お集まりの紳士淑女の皆様方……」
 今日もいつもと変わらない旦那様の声を聴きながら、私は椅子に座って待機した。
パッと光を当てられて、今日もまた私は奇跡を起こす。
ポロリポロリと宝石が肌を転がる感触にももう慣れた。なにもないのに涙を流すコツも知ってる。
 ほら、いつもみたいにお客様が私をじっと見ている。本当は見られたくなんかないのに。でも、仕方ないんだよね私がいるのは見世物小屋だもの。でも、なんだか今日はいつもより熱心に見られている気がする。
 私の目の前に立つ、いかにも金持ちそうな男が口を開いた。
「主よ。この娘はいくら出せば買える?」
「……はい?」
「だから、この娘の値段を聞いている」
「旦那様、彼女は売り物ではございません。彼女の代わりに宝石はいかがです?」
「そんなもの、娘さえ手には入れば必要ない。いくらでもだせるぞ。あんな見目麗しい見世物はそうそういない」
「……ジャン、ビジュを裏に連れて行け。旦那様、少しお話いたしましょう」
 そういった旦那様の顔は、金もうけを考えているときのソレですべてを察してしまった。私は、あの男に売られるのね。

私はジャンに連れられて部屋に戻った。ジャンはさっさと鎖を繋いで出ていく。
「おや、早かったね」
「ねぇ、ブロッシュどうしよう。私売られちゃう……ブロッシュと離れ離れなんて嫌だ……!」
「落ち着いて。どういうことか説明しておくれ」
「さっきお客様が私を買いたいって言ったの、旦那様、金もうけをしてる時の顔してた……ブロッシュ嫌だよ、外には出たいけどブロッシュがいないなんて耐えられない!!」
 ボロボロと涙が流れ落ちて、床に宝石が散らばる。こんなもの、奇跡なんかじゃない……災厄よ。私は、ブロッシュと居たいのに。
「ビジュ。なら、逃げ出してしまおうか」
「え……?」
「その鎖を断ち切って、ここから逃げよう。僕と君で」
「……そんなこと出来るの?」
「君にその覚悟があるのなら」
 深い色の瞳でブロッシュは私を見据える。その瞳の奥に、炎が揺らいだのを見た。それは、覚悟と言うものなんだろう。私は涙を拭って頷いた。
「覚悟はあるよ。ここから逃げ出したい」
「なら、まずはその鎖を切らなければね」
 そう言ってブロッシュは嘴で鎖を突く。直ぐに鎖は壊れて床に落ちた。
「……あれ、これってこんなに脆かったの?」
「ああ、そうさ。君は幼いころから言い聞かせられていたから、分からなかっただろうけれどね。さぁ行こう」
「うん!」
 そっと私たちは窓から部屋を出る。

 ザクザクと裸足で森の中を私は駆ける。わずらわしいドレスの裾はさっき引き裂いて、動きやすくした。所々木々の間からはうっすらと星空が顔を覗かせている。ブロッシュは私の隣で飛ぶ。
「ね、流石にもうバレたかな?」
「そうだね、そろそろ追手が来るころだろう」
「はぁ……まだ森を抜けないの?」
「いや、もうすぐ抜ける……ほら!」
 森を抜けた先の景色に私の足が止まった。
「うそ、でしょ?」
目の前に広がるのはうっすらと白くなっている空と、風が吹き抜ける崖だった。おそるおそる、崖の端によって下を覗き込む。崖の下は見えなくて、奈落の底と言ってもいい。
「ブロッシュ、どうしよう!!」
「大丈夫、僕を信じて」
「ビジュ、ブロッシュ!!!」
「旦那様……!」
ああ、追いつかれてしまった。振り返ると鬼の形相した旦那様が走ってきているのが見える。
「お前たち、ここまで面倒を見てやったのに逃げ出すだなんて」
「こっちはそれに見合う働きはしてきたがね」
「いいや、まだ足りない。さぁ戻るんだ。今なら鞭で百叩きもせずに許してやる」
「ブロッシュ……」
「……ビジュ、僕の事を信じてくれる?」
「え?」
 じりじりと後ろに下がりながら、ブロッシュを見つめれば爛々と輝く瞳に見つめ返される。不思議なことに、その瞳を見つめているとなんとかなると思えてきた。
「うん。ブロッシュを信じるわ。だって私の親友だもの」
「いい子だ。……跳べ!!!!!」
 ブロッシュの声に合わせて、私は後ろに大きく跳んだ。一瞬の浮遊感の後にボスンとフワフワしたモノの上に落ちる。恐る恐る目を開けると、そこはブロッシュの背中の上だった。ブロッシュは私を背中に乗せて悠々と大空を飛んでいる。
「ブロッシュ……!」
「いい跳びっぷりだったね。ああ、ビジュ見てごらん朝焼けだ」
 ブロッシュの言葉に前を向く。紫紺の夜空から橙の太陽が顔を覗かせていた。そのグラデーションは今まで見たどの色よりも美しい。ジワリと視界が滲み、勝手に涙があふれ出す。落ちていく宝石たちを見て、後ろで旦那様が心底残念そうな声を上げた。でも、今はそんなことに構わずにこの景色を目に焼けつけたい。
「綺麗な色……」
 私の囁きはブロッシュの羽ばたきに消されてしまったけれど、私はこの色を一生忘れることはないだろう。
 私とブロッシュの旅立ちの色を。