ウォンマガ夏フェス2016

お題:ペンダント | 絵:ミズキカオル | 文:紅夢想

さよなら共依存


鎖の仲

   同期の使い魔が脱走したらしい。
 カルバは師からその話を聞いて驚いた。使い魔の脱走なんていうのは前代未聞の屈辱で、それを身近な人がやってしまうとは夢にも思わなかったから。
 カルバと師は大きなダイニングテーブルに向かい合って座り、砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲む。砂糖は高価だったけれど、これくらいしか贅沢することがないのでテーブルの上に常備されている。一日で一番ゆったりする朝の時間だ。普段なら同期のウーゴも一緒に雑談するのに、起きてこないと思ったらそんな失敗をしていたのか。
「力量に合わない妖魔でも新しく呼んだんですか」
「いや、前からいる小さなやつだ。餌付けが杜撰だったのかね」
 ふうん、と曖昧に相槌を打ちながら紅茶のカップを両手で包み込む。細かく水面を揺らすと、師が「冷めるぞ」と叱った。カルバは顔を上げ、赤い髪をがしがしとかく。伸びてきた。
「見つかったんですか」
「ああ。まあ、結界があるから村からは出られないしな」
 また曖昧な相槌を打った。なんとなくしっくり来ないのだ。
 ウーゴはのんびり屋で温厚で真面目な人だ、とカルバは思っている。四年の付き合いだ。あいつが餌付けを怠るなんて考えにくい。たとえ師が急用で呼んでいても、軽い怪我をした使い魔の治療を優先するような男だ。
 初めて会ったのは、この呪術の村に奉公に入ったとき。ウーゴはちょうど反対の別の村から来ていた。同じ師匠、同じ家を割り当てられたら、ウーゴは既に親しげに師と話していたから、カルバは驚いて怒鳴ってしまった。
「お前みたいに親戚の家に遊びに来ただけのやつなんか、甘えて一人前になれないんだぞ!」
 しかしウーゴは怒るどころか手を差し出して言った。
「親戚の元でも一人前になれる人はたくさんいると思うよ。でも、僕は君と同じで一人だ。これから従兄弟みたいに仲良くなろうよ」
 だから使い魔たちにもおおらかに接しているものだと思っていた。でも、もしかしたらカルバの知らない一面は気性が荒くて、使い魔に当たり散らしたりしていたのかもしれない。
 カルバは居間から続く二部屋のうち、左のドアを眺めた。ぴったりと閉ざされている。
「起きませんね。それとも起きてるんだろうか」
「そっとしておいてやれ」
 今度はしっかりと頷いた。
「午後から広域の魔法陣の解析をやる。昨日の続きだ。ウーゴが起きたら、今日はゆっくり休むよう言っておいてくれ」
「あいつのことだから、いつも通り修行しそうな気がしますけど」
「村長が休めと言ったんだ」
 自宅蟄居か、とカルバは思った。そんな縁起の悪いこと、口にできるわけはなかったけれど。
 師は自分で紅茶を入れ直すとそれを持って二階に上がっていった。午前はそれぞれの時間だ。カルバも食器を片付け、自室に入ってドアを閉めた。

 カルバの使い魔は一体しかいない。呪術をやる者の中には複数を同時に扱う者もいたが、これは体質のようなもので、訓練で変えるものではないようだ。例えばウーゴには六体もの使い魔がいる。しかしカルバの使い魔はウーゴのどれよりも強かった。
 強さとは裏腹に、か弱い見た目を好む。先月あたりは様々な小動物の真似を日替わりにしていた。自由に変化できるのも強さの証拠だ。最近は幼女の姿を好んでいる。淡桃の髪は女の子としては短いけれど、量と癖があるので頭がやたら大きく見える。瞳は隠しようもなく妖かしのそれだった。溶けかかった砂糖菓子のように爛々と輝く。
「お前、何か知らないか。ウーゴの使い魔が脱走したことについて」
「知らないよう」
 カルバが椅子にどさりと腰掛けながら尋ねると、使い魔は子供らしい高い声で応じた。床に敷いた魔法陣の上にぺたりと座ったまま、バランスの悪い頭を傾げる。
 多少の落胆を隠しながら机に向かうと、筆記用のインキがない。振り向くと、幼女がインキ瓶を掲げた。
「お前が持ってたのか。危なっかしいな、返してくれ」
「後でねえ」
「いやいや。使うから」
 カルバの使い魔は本気で命令しないとなかなか素直に従ってくれない。契約上は、カルバが死後の魂を捧げる代わりになんでも命令を聞くということだけれど、どうもカルバが軽く頼んだくらいは命令に入らないらしかった。カルバは隣人に影響された呑気さで、使い魔が瓶に飽くのを待っている。彼女は瓶を開け、閉め、持ち上げ、逆さまにして……落とした。
「ああ!」
 使い魔の右脇に落ちた瓶は粉々に砕けた。半分だけが元の形を保っている。黒いインキが見る間に広がって魔法陣を汚した。これ以上広がる前にとカルバはボロ布を目で探すけれど、見当たらない。台所へ取ってこよう、と腰を上げると、使い魔が興味深げに瓶の半分を持ち上げた。その動作に興味を惹かれ、カルバは部屋を出るタイミングを失った。
 使い魔が瓶だったものに、ふ、と息を吹きかけると、地面に散らばったインキと破片が同時に持ち上がって、吸い付くように使い魔の手に集まった。空中で組み上がり、あっという間に元に戻ってしまう。見届けて、幼子はにこりと微笑んだ。幼い右手で力いっぱい振ってみても、インキは漏れ出てこない。床に散った染みもすっかり消えていた。
 カルバはほうとため息をついた。これは彼女の力の一端に過ぎない。命令がない限りは滅多に力を見せつけない、ぐうたらな使い魔だけど、たまに気まぐれでこういった技を見せてくれる。……使い魔にとっては些細なことなんだろうけど、そのたび、カルバは、預かった力の大きさに、心が引き締まる思いがした。
「相変わらずすごいな。さあ、返してくれ」
 今度は素直に従ってくれる。取り返して机に向かい、午後の予習に取り掛かる前に、未練がましく使い魔に尋ねた。
「さっきの話、本当に知らないんだな」
「知らないよう、使い魔は嘘がつけないって知ってるでしょ。黙ることならできるけど」
 いしし、と使い魔は笑った。さっき力を見せつけられた身としてはぞっとしないでもなかったけれど、この笑い方は普段のことだ。彼女はとてもいたずら好きで、意味もなく意味ありげな態度を取ってはカルバの師に怒られている。
 知らないことを聞いても仕方がない、とカルバは質問を変えた。
「もし村に結界がなかったら、もう戻ってこなかったと思うか?」
「そりゃあそうだよう」
 重そうな頭を揺すって頷いた後、ふと黙りこむ。カルバも動きを止めて彼女を見守る。
「でも、どうかなあ。あんまり離れたら契約が切れて死んじゃうもんねえ。どうせ死ぬんなら気分よくご主人に歯向かった後がいいと思わない?」
「……おれに使い魔の気持ちを聞くな。それと、お前はそんなことするなよ」
「しないよう。ボクはご主人に不満ないもの」
 その答えにカルバはにっこり笑った。使い魔によく思われていることが純粋に嬉しかったし、それは他の見習いに誇れることだから。カルバらは一対一という関係だからか、カルバがあまり使い魔を叱らないからか、村の中でも仲の良い組み合わせとして有名だった。
 今度こそ机に向き直って、でも、とカルバはペンを動かせない。よく懐いてくれているのが後ろめたいこともある。この頃、彼女の力量に不安を覚え始めているのだ。さっきのインキ瓶のような簡単な技ならこともなげに実行してしまうけれど、大掛かりな技になると物怖じすることがある。特に人を呪ったり殺したりするようなものは、ほとんど一回目の命令では動いてくれない。カルバは一体の使い魔しか扱えないと自分で思っていたけれど、そろそろ新しく使役するのに挑戦してもいいんじゃないか、と思っていた。
 まあ、試すとしてもしばらく先になるだろう。ウーゴが失敗を犯した以上、ある程度の期間は不吉だからと避けられるものだ。カルバは午後の予習にとりかかった。
 その間、使い魔は、床に広げたままの魔法陣を使って、使い魔の世界とこちらの世界を行き来している。いくら優秀な呪術師になっても人間は使い魔の世界には行けないらしい。昔は何か方法があるんじゃないかと夢を見たけれど、今となってはその扉である魔法陣を学ぶことで手一杯だった。
「あ」
 使い魔が動きを止めて声を上げたので、カルバはペンを動かす手を一瞬止めて「どうした」と聞く。
「隣の子、死んじゃった」
「は?」
「昨日の夜に脱走して失敗した子」
 カルバは力のこもる右手を無理矢理持ち上げた。そうでもしないとペンと紙をだめにしそうだったので。使い魔を振り向くと使い魔も背後を見ている。壁の向こうにはウーゴの部屋がある。
 カルバはできるだけ声音を抑えて、使い魔を責める口調にならないように気を付けた。
「どういうことだ? 死んだって……今?」
「今だよう。気配が途切れたの」
「契約が切られたのか?」
 使い魔はしばらくじっとしていたけれど、やがて不安げな顔でカルバを見上げる。カルバが辛抱強く待っていると、やがて教えてくれた。
「あの子の主人が死んだから」
 カルバは使い魔を呆然と見た。使い魔もまた呆然とカルバを見返した。
 そして息をゆっくりと大きく吐いた。意識しないと呼吸を忘れてしまいそうだった。

 カルバと師は午後の時間を全て使ってウーゴの遺体を調べた。ウーゴは使い魔に殺されたのだった。牙のある獣に食い荒らされたような、見るも無残な状態だったけれど、中途半端に原型が残っていたのでカルバは苦しんだ。しかもよく調べると魂が残っている。温厚だったウーゴの死の意味などを考えかけては慌てて打ち切るのを何度も繰り返した。代わりに意識して目の前に集中しようとする。底なしに落ち込んでしまいそうだった。
 死後の魂は使い魔への報酬だ。ウーゴを殺した使い魔は、血の契約によって、報酬を待たずして息を引き取ったのだろう。残った魂は近いうちに他の五体に食われるに違いない。
 日がとっぷりと暮れる頃にはカルバは疲れきっていた。部屋に戻ってベッドに仰向けになると、疲れがベッドに滲み出るような感覚がする。横になってすぐ、使い魔が床の魔法陣からにゅっと顔を出した。カルバは気配を感じながらも身体を起こすことができない。
「大変だったねえ」
「ああ」
「あのね、残った使い魔たちが、どうしてあんなことになったのか教えてくれたよ。もう聞いた?」
「いや」
 休ませてくれ、という気持ちもあったけれど、使い魔を止める元気はなかった。それに、使い魔の方も話すことでショックを和らげようとしているのなら、きちんと聞いてやらなければならない。
「お隣さん、使い魔が六体もいたでしょう。当然ね、活躍の多さに差がでるの」
「だろうな」
「それで一番地味な子が……今朝死んじゃった子なんだけど、昨日、まず、脱走を試したの。いなくなったらあの子の大事さに気付いてもらえるかもって思って」
「うん」
「でも、連れ戻されても何も言われなくて。怒られすらしなかったんだよう。主人に興味を持たれてないって思って、あんなことしたんだって」
 カルバは目を瞑った。もう心は疲れ切っているはずなのに、なけなしの力を振り絞ってさらに傷つこうとしている。使い魔の言ったことが正しければ、なんて世の中は不条理なんだろう。ウーゴはきっと、脱走した使い魔を思って叱らないでいてやったのに。
 目を開けて身体を起こすと、使い魔は魔法陣から完全に出ていた。ぐるぐるとその周りを歩き回っている。カルバが見るともなしに見ていると、使い魔はふいに顔を上げて、にやにやと笑った。意味深長を装ってカルバをからかっているのだと分かっていたけれど、疲れた状態ではいつものように流すことができなかった。
「なんだ?」
「何もないよう」
「なんかあるだろ。どうしてあんな話をした後に笑っていられる」
 使い魔はカルバから目をそらし、魔法陣からさらに離れると部屋の隅に向かった。雑多な呪具ががらくたのように積まれ、並び、置いてある。その一つを手に取った。大きな瓶の形をしている。二つでセットで、中には星を模した小さな砂糖菓子が詰まっている、なかなか高級な呪具だった。カルバは眉をひそめた。
「お前、そんなのに興味があるのか」
「呪具だよねえ。何に使うの?」
「奴隷の管理。中に入ってる砂糖菓子で子供を誘って呪いをかける。そうすると子供は菓子のとりこになってしまうのさ」
「ふうん」
 使い魔は片手で一つずつ、対となるその呪具を持ち上げた。幼子の姿を取った使い魔にはどう見ても大きすぎるのに、難なく耳の高さまで掲げてしまう。カルバは、いつかのインキ瓶のように遊んでいるのだろう、とぼんやり見ていた。壁に背を預け、どこか鈍った頭で、壊したら責任を持って直してほしいものだなんて思いながら。
 けれど、ちらりとも振り向かない使い魔を眺めるうちに、何かが警鐘を鳴らす。普段の使い魔はにやにやと笑って、カルバの気を引くように遊んでいたはずなのに。背筋がひやりとした。
「おい……」
 その声に反応する様子もなく、使い魔は瓶を頭に付けた。耳の高さで、不釣り合いに大きな頭を挟むように。カルバが動けないでいると使い魔はさらに瓶を耳に押し付ける。
 やっと手を離した。カルバの目は瓶に釘付けだ。手を離しても落ちない。それが、意味する、ことは。頭が三つあるかのような不気味さで、使い魔はカルバを振り返る。とても重そうで緩慢な動きだった。溶けかかった砂糖菓子のように爛々とした目で主人を眺めながら、右の瓶からコルクを抜き、砂糖菓子を一つだけ慎重に取り出す。瓶は口が下を向いているので、器用ならば自分で食べることができるのだった。使い魔は幸せそうに笑った。
 カルバは何か言わなければという焦りに背を押されて少し身体を浮かした。
「甘いのか、それ」
 まるで場違いな質問をせずにはいられない。使い魔はコルクを戻して頭を大きく縦に振った。中身が音を立てる。
「おいしいよう!」
「瓶を外せ」
「もう無理だねえ」
「お前……分かってるのか」
 やっと言った質問もまともな言葉ではなくて、声もまた掠れている。使い魔は、甘い砂糖に癒やされたのか、瑞々しい声音で飛び跳ねた。
「知ってるよう! お菓子がなくなったら終わりなんだよねえ」
 使い魔は笑顔のまま、手を顔の高さに持ち上げ、大きく音を上げて手を叩いた。正解だ。瓶同士が急激に引力を増して、間にある頭を潰してしまう。だから瓶は二つで一つ、間に質となるものを挟むのだ。
 使い魔は砂糖菓子をちかちかと鳴らしながらベッドの脇に来た。うれしそうにカルバを見上げる。
「お菓子、なくならないように、ご主人に見ててもらわなきゃねえ」
「取れないんだぞ、それ。師も外せないからまず使うなって言ってた」
「取らなくていいじゃない。だって」
 使い魔は表情を一変させる。目に涙をためた。興奮した声音は甲高いまま湿気を帯びた。
「だって、もし明日にでもご主人が新しい使い魔を呼んだら、ボクのこと忘れるかもしれないでしょ!」
 主人を力いっぱい睨む姿に、カルバは一瞬それこそが使い魔の真の姿なのでないかと思ってしまう。あの幼子は、いたずらを好む使い魔の、変化の一つであるに過ぎないのに。使い魔の言っていることはあまりにも幼く、子供の我儘同然だったから。
 そんなことはしない、そもそも二体以上の使い魔は扱えない、と根気よく説得するには、カルバは疲れすぎ、使い魔は感情的になりすぎていた。カルバは一言、二言、投げやりに宥めて、使い魔を放って倒れこむように寝てしまった。

 主従の関係は一見そのままであり、しかし間違いなく歪んでいった。
「俺、もう二体目の召喚を試すこともできないんだぜ。あいつの命がかかってるから」
 カルバは一体しか扱えないことを不満として人に話したことがなかったのに、自虐の冗談のように触れて回るようになった。呪術の村ではカルバの使い魔が自ら呪いを受けたことを誰もが知っている。
「ご主人はいい人だよう。ボクの我儘を聞いてくれるんだ。我儘なんか一種類しか言わないけどねえ」
 使い魔は一層カルバを誇った。二体目を召喚するだけで絶命するわけではない。瓶の中身にさえ気を配っていればいいのに、それ以上のことを進んでやってくれる、素晴らしい主人。
 しかしそれは使い魔の命を中心にした、危険な絆である。

 あるとき、師が笑顔でカルバの起床を待ち受けた。それでようやく、カルバは師がこれまで大変だったことに思い当たった。昨日の朝までどこか暗く、うつむき加減にカルバに話しかけていたのだ。弟子の一人を失い、しかもあんな形だったから、色々と調べることや報告すること、指導されることがあっただろう。
「おはようございます。今日は元気そうですね」
「ああ。調べごとをした甲斐があったよ」
 口調もはきはきしている。顔を盗み見ると隈が浮いているから、体調まで元気というわけではなさそうだ。
 カルバは成果を喜ぶ師をどこか微笑ましく思いながら、二杯分の紅茶を入れてやった。師は紅茶をポットに準備してはいたけれど、そのまま忘れていたらしい。驚く顔を見るまでもなく、明らかに色が濃かった。二人は軽い悪態をつきながら砂糖瓶に手を伸ばす。
「あ」
 同時に手を止めた。昨日切らしたままだった。いつもなら戸棚に予備があるのに、それも二週ほど前に封を切ったままだ。
「……まあたまにはいいですよね、ストレート。で、師匠、何が分かったんです」
「お前の使い魔の呪いの外し方だ」
 カルバは苦そうな紅茶に口をつけるのをやめて顔を上げると、不思議そうに首を傾げた。
「ありがとうございます。でも別に不便してませんけど」
「いやいや。急用では困っていないかもしれないが、これからずっと瓶の残りを気にするつもりか? それに金もかかるだろう」
「別に、毎日顔くらい合わせますし……。お給金も足りているというか、他に使い道がないというか。だから、ありがたいけど、大丈夫ですよ」
カルバが困ったように笑うと、師は不審そうな表情をした。
「面倒を見てやる自分に酔ってはならない」
「そんなつもりはないです。大したことはしてないですし、向こうの方が力も上ですし」
「使い魔と主人の関係はそんなものではなかろう。一度初心に返って思い出しなさい」
 なおもカルバが首を傾げ、ゆったりと自分たちの関係性に思いを巡らせていると、師は焦れた様子を見せながらも一旦は引き下がった。
「手間と時間がかかることだから、若いお前には惜しいこともあるだろう。困ったらすぐに言いなさい」
「はい」
 問答から解放されたカルバは朗らかに笑いながら、苦い紅茶を飲み込んだ。
 困るわけはない。毎日瓶の中身を確かめ、たまには町できらきらする砂糖菓子を買ってやるだけだ。他の呪術師見習いに聞いたところでは、使い魔はカルバを自慢して回っているらしいし、カルバは瓶を通して仲が深まったことを確信していた。砂糖菓子に気を配るだけの手間で絆が強くなるのは充分な得であり、むしろ余計な手間をかけてまで外す意味が分からない。
 カルバは気付かなかったけれど、師は紅茶を飲み下す苦労を素直に顔に出していた。それは成果の喜びを台無しにするような味だった。渋いな、と呟くと、カルバは、そうですね、と何の気なしに相槌を打った。