ウォンマガ夏フェス2016

お題:簪 | 絵:タママ | 文:木村凌和

いたづらに


いたづらな眼

   見ている。じっ、と見られている。覗き込むその眼を、夢と現実と区別することなく、よく見ている。
 逃れられない眼だ。逃れてはいけない眼。逃れることなどできない眼。
 眼は、女のものだ。切れ長の、瞳のくろい。じっ、こちらをわたしを見つめ捉えて放さない。全く揺らぎもせずまばたきさえしない。
 現実に幻視するのは眼だけだが、夢に見るときは顔全体が視界に入る。鼻頭は高く、顔のかたちはまるく、きゅっと小ぶりだ。紅をさした唇も小ぶりでふっくらとして、そのあかさが、しろい肌とくろい髪と瞳だけが視界を占める中で鮮やかだった。
 女はなにも言わない。じっ、掌の中のわたしを見下ろし覗きみるばかりだ。わたしは焦燥する。
 女の細くやわらかな髪の間に、耳を見ることはできない。人のそれとは異なるだろうか。人であれば耳の存在する場所のほんの少し上から、爪のような硬質な、まるく先の尖った角が頭上へ伸びている。
 わたしは焦燥する。
 女は待っている。見ている。待たれている。見られている。わたしが、彼女を満足させるさまを。
 わたしは考える。彼女を満足させる事柄。
 わたしが彼女のためにしたことは、わたしを彼女以外の全てから排除した。裏切りや、堕落や、盗みや殺生に至るまで。彼女の要求を、彼女の求めるすべてを、わたしがこの身を賭して捧げたとして、果たして彼女は満足をするだろうか。彼女はわたしでは満足しないのではないか。わたしはただ、彼女によってこの身を滅ぼしてゆくさまを、ほんの少しの娯楽にとらえられているだけなのかもしれない。彼女のいたづらな、手慰みであるのかもしれない。
 彼女が、わたしをその手にすくい取ることも、わたしを見ることも、彼女の気まぐれにほかならない。わたしは彼女と比べるべくもない矮小な存在で、本来なら彼女の視界の端に映ることさえない。
 彼女がわたしを一体いつどこで眼にしたのかは、わたしにはわからない。そしてわたしをすくい取った理由も、わたしには知りようもない。
 だがひとつ確かであるのは、わたしは彼女を楽しませなければならない。それがわたしの、彼女の手にとらわれたときに書き換えられた存在理由であるから。
 わたしは考える。朝食――見られるようになってから朝も夜もないが、夢から覚めて初めての食事だから朝食ということにする――をぼそぼそ咀嚼しながら。
 味の感じない食事というものはこうもつまらない。だが問題ない。わたしがどう感じようが、つまらなかろうがおもしかろうが、そんなものは何の役にも立たないのだから。
 彼女の眼に見つめられたとき、初めに捧げたものは噂に名高い珍味や美味の食材だった。魚卵、果実、鳥の巣。わたしを見つめる眼はぴくりともせず、わたしはすごすご引き下がった。次は伝説上のものと考えられているものだった。人魚の涙、竜の生き血。同じく反応は得られなかった。
 味覚ではない。興味でもない。残虐性でもない。
 わたしは考える。眼を幻視する。考えるわたしを見張る眼。早くしろと急かす眼。いや、この眼はただわたしを見ているだけ。急いでいると思ってしまうのはわたしのせいだ。わたしはなぜこんなに焦っているのだろう。
 わたしもわたしと同じ仲間も、彼女のために生き行動している。わたしはその中から気まぐれにすくい取られただけ。元の存在理由が、彼女のためになることをする、から、彼女を満足させる、に書き換わっただけ。根は変わらない。だというのに、この焦りはなんだろう。


***
 それを欲という。
 声を発し伝えた文言に、手の中の獣は震えた。よりよくあろうとする、よりよく見られようとする、欲だ。欲は欲を呼んで、満たされようとする。満たそうとする。そのために欲は焦りを産み落として追いかけさせる。追い詰めさせる。
 この、自意識すらあるのかないのかわからない生き物に欲が芽生えたことに驚きを感じる。狐を模した生き物をかたちづくり、生かしているのは自身だが、その心の中身までは造ることはできなかった。
 欲は芽生えたのだろうか。生き物として、奥底にあったものが芽吹いたのだろうか。
 じ、手の中の狐を覗き込む。この眼をもってしても、内面を透かし見ることはできない。
 近づけた鼻先に冷たく触れる感触がある。かたく、押して揺れるもの。
 紅く透明に光るほおづきだった。狐の頭の横で、同じ大きさのほおづきが揺れている。頬を挟んで反対側へ延びる線がある。美しい簪だ。この簪は美しい。手に取り揺らし、この美しさを楽しんでから、挿す。
 狐がほうと見とれている。この獣からはもう見えないはずの、紅い輝きを見つめている。
 この獣には、美しさまでもが芽生えたのか。胸が高鳴る。欲と美しさを知ったこの小さな狐は、次になにを考えなにをするのか。
 眼が離せない。