ウォンマガ夏フェス2016

お題:ブローチ | 絵:aohato | 文:藤原湾

眷恋ノ瞳 寂寞ノ涙


拈華ノ瞳 欣懐ノ涙

  祖父が亡くなった。
 それから三年も経ったのに、まだ時々わたしは心の奥が寒くなる。今日もまた懐かしい夢がそれを呼び起こした。藁の束を積んだ上にカバーを掛けただけのベッドからゆっくりと身体を起こしつつ、その余韻に浸った。寝間着のまま呆けていたのも束の間、窓から差し込む朝日の向きに慌てて寝間着の裾を捲り上げた。脇に放っておいた服を頭から被り、部屋の扉を開け慌てて外へ出る。暗い小屋の中に日が強く差し込んで思わず目を閉じた。
 小屋の裏の井戸から水を汲み、別の小屋の扉を開ける。その横に置いてあるかめに運んできた水を注ぎながら、かまどの前で鍋の中を覗き込んでいる母親に声を掛ける。
「お母さん、おはようございます」
「遅いわよ。アビ、餌はやったの!?」
「まだ! 今やってきます!!」
 叱られると分かっていたのに、それを先に済ませなかったことを悔やんだ。わたしは自分が寝ている小屋に戻り、奥の扉脇に置かれた木箱から麦を乱暴に椀で掬った。それから扉を開ける。
「おはよう、イー」
『おはよう、アビ』
 暗くて狭くて湿ったその部屋は、半分地面に埋まるように建っており、天井近くに一つ丸い窓がついているだけだ。それすらも鉄格子がはまっている。その窓から差し込む朝日に照らされて、わたしが見上げるほどの大きな鳥の姿が浮かびあがっている。その鳥――イーはわたしの姿を目に留めて、首を傾けた。彼の挨拶だ。
「今日は遅くなって、ごめんね」
『大方、またアルの夢でも見たのだろう』
「……何でもお見通しだね」
 椀の中の麦を一握り、彼のくちばしの前に差し出す。大きな身体に似合わず、優しくそれを啄んでいる。
「まだ、おじいちゃんが亡くなったこと、受け入れられてないみたい」
『アビはアルに懐いていたものな』
「そうだね――お母さんも弟達もすごく嫌ってたけど。わたしは大好きだった」
 祖父は勇者だったと嘯き、わたし達孫にたくさんの冒険談を話してくれた。腕に刻まれた傷は何の戦いでついた傷だとか、見えない目は誰それに抉られただとか。その心躍る話達にわたしは目を輝かせたものだ。
 彼は私の頭にくちばしを優しく当てた。慰めてくれるのだろう。
『アビはアルの味方であり続けたいのだな。母殿や弟殿の中では肩身が狭かろうに』
「――そうだね。でもイーは味方になってくれるでしょう?」
『私はいつでもアビの味方だ』
 すぐさま返ってきた答えにわたしは照れ隠し半分に笑った。
「へへ、ありがとう。イーがそう言ってくれるから、わたし辛くないよ」
 そう答えたわたしに、もう一度くちばしで頭を叩いてくれた。


 山の中腹にある小さな二棟の小屋。それがわたしの世界だった。まだ三歳ぐらいの頃にわたしは母や小さな弟と共に、祖父が隠居するこの山の小屋に引っ越した。それまではふもとの町に住んでいて、父親はそこに残ったようだ。
 イーはそのわたしの世界に迷い込んできた、最初は小さな鳥だった。不思議とわたしと会話することができ、母にそう言うと悲しみと怒りを交えた表情を浮かべていた。
 祖父はイーと友達になる術を教えてくれた。イーと友達になってから、つまらなかった日常が途端に楽しくなった。
 それも三年前まで。祖父が亡くなった途端、イーを小屋の外に出してはならないと母は言った。
 小屋の中でも、一番小さくて暗くて湿った部屋に閉じこめておくよう、厳しく命じたのだ。反論しようとしたわたしをイーは止めた。わたしにしか聞こえない声で。
 声を抑えたわたしに、母は鼻を鳴らした。不機嫌そうなそれが、たまらなく苦痛だったのを覚えている。


 母達のいる小屋に戻る。朝食――かまどの脇に置かれた薄い野菜のスープと小さなパンの欠片の質素なそれを急いで呑み込むと、籠を持って戻る。イーは置いてきた麦をゆっくり啄んでいた。
「――こんなに食べる必要があるのかな」
『母殿がそう厳命しているなら、従わざるを得ない』
 彼の様子を見ながら、わたしはナイフを取り出した。暗く湿った部屋でも光を発しながら生えている草がある。わたしはそれを根本から切り取って、持ってきた籠に丁寧に並べていく。不思議とイーの周りに生えるそれは、高価な薬草となるそうだ。祖父が亡くなってからそのことに気づいた母が定期的にふもとの町まで売りに行く。母や弟は祖父に対してするようにイーに対しても嫌悪していて、自然とこの草を収穫するのはわたしの仕事になった。それを命じられた時、わたしはほっとしていた。小さな畑で弟達と働くより、ここでイーと話しながらこの薬草を収穫している方がずっと良い。
「……ごめんね、イー」
 ふと浮かぶ罪悪感にそう漏らすと、イーは困ったように首を傾げる。
『アビのせいではないぞ』
 彼はこの部屋に閉じこめられる時、羽の根本に傷を付けられた。もう二度と飛べないように。それから過ぎるほどの食事の量。それもまた太ってしまえば、彼に逃げられることはない。絶対的な恐怖でわたしを押さえつけている母は、イーを嫌悪しそして恐れていた。自由にさせることを、逃げてしまうことを。
 わたしはそれが何を意味するかを知らなかった。


 わたしが戻ってきていつも通り収穫した薬草を差し出すと、見もせずにのきに干しておくよう母は言う。彼女は今までに収穫し干し切ったそれを布に包んでいた。
「五日ほどは帰らないから、あの鳥を逃がさないように。あと自由に放すのもだめ」
 またふもとの町へ行商に行くのだろう。畑で獲れた野菜や育てていた家畜と共に、あの薬草も取引しているようだ。わたしは一緒に行くどころか、この山から降りるのを許してもらったことはない。
 その点だけは祖父と同じ考えだったことを思い出す。弟は連れて行っても、わたしだけが。
 そのことに不満を覚えながらも、わたしは頷くしかなかった。


 母達がいない間は心が凪ぐ。わたしはイーの部屋に入り浸り、彼の傍に座って時を過ごした。
『そうだアビ』
 彼の羽毛に埋めていた頭を上げると、彼が反対の羽の間から一本のナイフを取り出した。
「何これ?」
『アルと相談して作ってあったんだ』
 明日君は十五歳になるだろう、と言われて初めて気付く。この国では大人として認められる年齢だ。それまでは親と共に住むことが義務づけられるが、大人になれば一人で住むことも許される。
 そう、この家を、母の支配を、この狭い世界を出ることも。
『これは大人になる君への私とアルからの贈り物だ。君を守ってくれることを祈るよ』
 彼がそのナイフをくちばしに咥えわたしの前に差し出す。おずおずと手を伸ばしそれを受け取った。
「――ありがとう。おじいちゃんもなの?」
『そのナイフは私の角を材料にしている。加工したのがアルだ』
 なめした皮に包まれた刃を取り出してみる。窓のわずかな光を反射して鈍く煌めいた。
「綺麗……」
 カバーに戻してから抱きしめた。祖父から聞いたことがある。女の子が成人する時にナイフを贈るのはお守りとしての意味を持つそうだ。亡くなる前から自分を案じてくれていたその気持ちが嬉しかった。
「でも、イー。あなたの角は伸びるものなの?」
『そうだね。ある程度になったら削ってしまった方が頭が軽い』
「身体は重いから?」
『そう、頭ぐらいはね』
 軽口を叩いたわたしのそれに乗って彼は答えてくれた。そうして顔を見合わせて笑みを浮かべた。


 この山には人が入ってくることは本当に少ない。だからこそ騒めきがまだ遠くても、わたしは気付くことが出来た。
 あり得ない数の人の話し声が聞こえる。怒鳴るような声も聞こえてくる。わたしは小屋の窓からそっと覗く。小屋にまで続く一本道――母達が町へ降りていくときに使う小道の向こう、人の塊が見える。その中に母と弟の姿も見えた。
「……何あれ」
 彼らは縄で縛られていた。母が男に肩を押されたその瞬間叫んだ。
「わたしが知るわけないでしょ!? 『けもの』の薬だなんて! あの子が、アビが言ったことなのよ!」
 わたしの名前が出たことに肩が揺れた。わたしが何をしたというのだろう。イーの部屋から大きな音とわたしを呼ぶ声が聞こえた。扉を開けた瞬間、イーは叫んだ。
『アビ、逃げるんだ!』
 イーは立ち上がって、こちらを睨め付けている。
「ど、どうして」
『母殿も弟殿も、君を守ってくれない。彼らの罪が君に着せられる』
「何の罪で……」
『説明している暇はないよ』
「じゃあイーも!」
 そう言いながらわたしは彼に近づいた。そして初めて気づいて、愕然とした。彼の足元に鎖があった。
「こんなの、わたし、覚え……」
『母殿だ』
 イーは湿った藁の上に座り直した。大きく膨らんだ身体で鎖は見えなくなる。彼はわたしに見せないようにして、いつも座っていたのだ。
『母殿が私が暴れないように、逃げないように、この部屋に閉じこめておけるように、鎖をつけた。風切羽を切って飛べないようにした』
「今外すから」
 わたしは腰に下げていたナイフを取り出して鎖の隙間に切りつけた。途端、イーが苦しげな声を漏らす。
「どうしたの!? 何か」
 言葉を切った。イーの背中にたくさんの矢が刺さっていた。鎖を外すと傷付ける仕掛けまでしてあったのだ。
「お母さん、何でそこまで……」
『――怖いからだ』
 彼は息を深く吐きながら呟いた。
『「けもの」が怖いんだ。自分達の生活に利用していることも含めて、何をされるか分からない。それが怖いんだ』
「『けもの』……」
 さっきも聞いた言葉だ。『獣』とは山に潜む野生の動物を指す言葉だと思っていたが、どうも違う意味を含んで皆それを口にしている。
 息を吐きながらイーはその瞳から涙を零した。わたしはそれを見て彼の顔に手を伸ばす。
「ねぇ、どうしたらいい? 矢、抜く? イー、逝かないよね」
 彼が零した涙がわたしの掌を伝う。暖かいそれが彼の鎖の上に落ちた。鎖が音を立てる。
『アビ、ありがとう』
 イーはそう言うと、体を起こして羽を広げる。その脇に顔をこすりつけた。そうしてから、わたしに退くよう指示した。そのまま前に進もうと足を引っ張る。何度も何度も。重い負荷を掛けられた鎖はやがて腐食していたように壊れた。
 その間も騒めきは近づいて来ていて、たしは慌てて扉を開ける。
「イー! 逃げよう!!」
 わたしはそうしてイーと小屋を飛び出した。


 森の中に逃げ込む。急な斜面を登っていく。振り返ってイーを見る。その遠方に小屋が木々の間から見えた。結構上ってきたと思ったのに、まだ小屋が見える距離であることに、落ち込みつつもイーが気になった。
「ね、大丈夫? 背中の……」
『大事ない』
 それより前を向いて歩くよう促され、わたしは前を向いた。
 私は何も知らなかった。今も何も知らない。あんなに慕っていたイーのことも、母がどれだけ恐れていたかを知って混乱している。母は何故捕縛されていたのか、わたしに着せる罪とは何なのか。そして『けもの』。彼らが話しているそれは何なのか。
「ねぇ、イー……」
『来た』
 話しかけた声を遮って彼は呟いた。
『追っ手が来た。アビ、走るんだ!』
 その言葉にわたしは振り返らず滑る斜面を草をつかみながら走る。
 後を追ってきているはずのイーの足音が、突如消えた。思わず振り返るとイーは男達にその足枷から伸びた鎖を捕まれていた。
「イー!!」
『私に構わず逃げるんだ――』
「無理、駄目!」
 わたしは斜面を滑って戻ろうとした、その時だった。
「……師匠の弔問に来ただけなのに、厄介事に巻き込まれるとはね」
『それならば報せを受けた時に、来るべきだったのでは』
 頭上から振った声に、わたしは動きを止めた。そのわたしの横を馬に乗った青年が通り過ぎていく。歩くのも大変な急斜面を巧みに跳ね、彼らをイーを掴んでいる男達の前に立った。
「何だ、お前」
 訝しげな男達の前に青年が馬から降り立つ。わたしもそこへ滑り降りた。そうして見ると男達は町の警官達だった。揃いの黒い制服を着ている。
 そして、その前に降り立った青年は、美しい青い目と銀髪だった。コートも生地の上等なものだと一目で分かるものだ。
「いやはや、田舎者は物を知らないで困るね。流石にこれは分かるよね?」
 そう言って、青年はコートの襟をめくった。そこには目と揃いの青い石のブローチが輝いている。わたしにはそれが何を意味するのか分からなかったが男達は青ざめた。
「そ、それは……」
「不審な『けもの』を見つけたら、俺達に報せるのがきまりじゃないか」
 この子は俺が預かるから、とイーの方を示すと、男達が沸き立った。
「しかしその『けもの』は明らかに人間を害したのです! 断罪されるべき『けもの』なのです」
「は?」
 冷たい声が響いた。青年は眉間にしわを寄せて、男達に近づく。
「だれが、害になる『けもの』と判断したの?」
「わ、私どもです……」
「田舎ともなると、下っ端の警官如きがそんな権限をもてるんだね」
「そそ、そんな、滅相も」
 わたしには全く話が見えなかったが、彼らの間では決着したらしい。青年はイーに向かった。
「君、イルイ鳥なのに怪我してるね。自力では治せそうにないの?」
『――私の種族をご存じなのですか』
「うん、涙が全ての万能薬。生かすも殺すも自由に行える、時には益鳥、時には害鳥。故にその身が目撃されることさえ少ない。多少――いや大分太っているけど、その特徴的な角に間違いはないね」
『わたくしもそう判断します』
「稀少だね。何があったか分からないけど、連れて帰ろうか」
 そう言いながら、イーの背中の怪我の具合を見ているようだ。イーが彼に話しかけている。
『私の意志は聞いてくれないのですか』
「そうだね、本来なら君がどうしたいか聞くべきなのだろうけど、君はこの町でどうも罪を犯した疑いがあるらしいから」
 わたしはその会話を呆然と立ち尽くしながら聞いていたが、はっと気づいて青年に声をかける。
「あの、すみません」
「――君は?」
 今まで眼中にさえ入っていなかったらしい。初めて視界に捉えたように驚いている。
「イーと一緒に、その鳥と一緒に暮らしていた者です」
「師匠の孫ね」
 そう呟くとまたイーの方に向き直った。どうも祖父の知り合いらしい。わたしはまた声をかける。
「イーをどうするんですか」
「連れて帰る」
「あなたの家は近いんですか」
 彼は答えず、傍らに立っていた馬とイーに歩き出すよう命じた。置いて行かれそうになったわたしはもう一度大きな声で問おうとした。その時彼が振り返る。
「君は、何も知らないんだね」
 わたしが首を縦に振ると、青年がため息をついた。


 青年はユギルと名乗った。『勇者』だそうだ。彼が先ほど見せたブローチはそれを証明するものらしい。ただ『勇者』と言っても物語に出てくるような勇者ではない。あんな冒険をするのは一部の勇者だけだった。
「まぁ、師匠――君のおじいさんはその類だったけどね」
 祖父が語ったあの物語は作り物ではなく、彼が体験した本当のことだったのだ。
 ユギルはわたしに腰に差してあったナイフを翳した。よく研がれたナイフにわたしの顔が映り込む。それを見て、わたしは息を止めた。思えば鏡というものはうちにはなかったから知らなかった。わたしの瞳が青く澄んでいることを。それはユギルとよく似ていた。
「青い瞳を持つ者だけが、勇者になれる。理由は彼らだよ」
 彼は彼自身が騎乗していた馬――ニコとイーを指す。
「『けもの』と獣の違いは分かる?」
 その問いにわたしは首を横に振った。
「『けもの』は理性を持つ生き物。言葉を理解し文化的な生活も送ることが出来る。まぁ、人間に比べれば原始的だけどね」
『あなたは一言いつも多いのです』
 ニコがため息をついている。
「その『けもの』と話すことが出来る――それが青い瞳の人間だけが持つ能力なんだよ」
「じゃあ、わたしだけがイーと話せたのは」
「その能力を持って生まれたのが家族で君だけだったのだろう」
『それだけではありません』
 イーが口を挟んだ。
『アビは「けもの」に好かれました。そのせいで「けもの」が町に降りてきてしまい、言葉の通じない人間達に恐怖を与えたそうです。それでアルが山に籠もるようアビの母に命じたと聞いてます』
 簡単に説明されたそれだけで納得できた。だから母はあそこまでわたしを祖父を――『けもの』と話すことの出来る人間を嫌い恐れ、また『けもの』自身をおそれたのだ。
「言葉の通じない人間には『けもの』は恐怖にしかならない。だからこそ『勇者』が人間と『けもの』の橋渡しになるべく、存在する」
 ユギルはわたしの方を向いた。
「アビ。『けもの』と共に住むのは『勇者』にだけ許された権利なんだ。君のおじいさんがいなくなった時に、イーはそこを離れる必要があったんだ」
「でも、お母さんが」
「そう、君のお母さんが彼を縛り付けた」
 理由は分かるね、と聞かれ、わたしは唇を震わせた。
「あの薬草……」
「そう、イルイ鳥の涙で育った草は高価な薬になることを知っていて、それを利用していたんだね」
 師匠の娘ともあろう人が情けない、と呟いている。
「……イーはこれからどうなるんですか」
「まあ、『勇者』と『けもの』の裁判で、どう判断されるかだ。君は家に帰ることだね」
「イーと一緒にいることは出来ないんですか」
 ユギルは動きを止めた。
「……無理だね。君は『勇者』じゃない」
「じゃあ『勇者』になるにはどうしたら――」
「師匠の気持ちを無碍にするつもり?」
 彼がわたしに詰め寄る。その迫力にたじろいだ。
「師匠が君に『けもの』と『勇者』の話をしなかったのは、山に籠もって君の存在を隠すよう命じたのは何故だと思う?」
 わたしは言葉が出なかった。
「さっきは言わなかったが『勇者』には大事な仕事がもうひとつある」
 彼は静かに告げる。
「暴走した『けもの』の処刑だ」
 人間との境界をみだりに犯した『けもの』は死刑を宣告される。その『けもの』と対峙するのは『勇者』だ。
 そう告げた彼は、わたしを見つめる。わたしは祖父の姿を思い出していた。腕や足に無数の傷が残り、目もえぐられ見えなくなったその姿を。誇らしげだったそれらは全てその仕事でついたものなのだろう。
「君にそんな仕事をして欲しくない、そう思って言わなかったんだろう」
「でも」
 わたしは見返す。真っ直ぐにユギルを。
「家にはもうわたしの居場所はない。母は味方じゃない。それなら、わたしはイーといたい。イーはいつでもわたしの味方でいてくれると言ったから」
 わたしは腰に差したままのナイフを取り出した。それを翳して続ける。そのためなら何だって厭わない。
「わたしももう十五です。自分の身の振り方は自分で決めます」
 ユギルに頭を下げた、深く。
「お願いです。どうすれば勇者になれますか」
 彼のため息の音が聞こえてから、肩を叩かれる。
「――厳しい道、だよ」
「果たしてみせます」
 わたしはそう誓った。イーとユギル、そしてこれまで守ってくれた祖父アルに。


 わたしはコートを捲った。ここまで十年もかかってしまった。それでもどんなにこの日を恋い焦がれたか。わたしは誇らしげにコートの内側を眺める。
 そこには瞳の色に似た青い石に鎖、その先には『イルイ鳥』を示すチャームが添えられたブローチがあった。チャームは彼と共にいるための許可証だ。
 『勇者』の証を身につけたわたしは、空を見上げた。遠くから近づいてくる影を見つけ、手を振った。
 それに気付いたか、影はだんだん大きくなって、そして広げた羽根を巧く使い、わたしの前に降り立った。彼は本来の優美な姿になっていた。
 久しぶりに見たその姿に、涙が零れそうだった。それは彼も同じだったのだろう。わたしが堪えきれずにその首にしがみつくと、彼の涙が首に落ちた。
 この涙は、今まで流しただろうことない嬉し涙なのだろう。そう思って、彼を強く抱きしめた。