ウォンマガ夏フェス2016

お題:ペンダント | 絵:岡亭みゆ | 文:げこ

星降り見習い二人組


なるべき職業

  大きな街の雑貨屋さんや料理店、小さな町の酒場に衣服の加工屋さん。その他いろんな仕事が世の中にあるんだから、誰だってなりたい職業に就くべきだ。
 かく言う僕にもなりたい職業があって、そうなれたら良いなと思っているんだけど……。
「ルイン、またそれ見てるの?」
 自分の部屋で机に向かっていた僕は、いつの間にか背後に来ていた姉のレインの声にビックリした。ひとり遊びの空想に浸りすぎて気付けなかったらしい。
「いつの間に……」
「あのね、今日の仕事は試しに2人で行ってみろだって!」
 振り向いて姉の姿を見遣ると、僕の声を無視しながら新しいおもちゃを買ってもらった子どもの様に煌めかせた表情を見せていた。
「2人で、って僕とレインで……?」
 あまりに頼りなく信憑性の薄い言葉に確認を入れる。
「そうだよ! まあ、やる気も頼りがいもないルインと違って、やる気も頼りがいもあるお姉ちゃんの私がいるんだから大丈夫よ!」
 なりたい職業に就きたいと願っても僕には既に1つ、修行をしている……というかさせられている職業がある。その職業は代々うちの家系で続けてきたものだから、僕たちが勝手にやめることも、他所様が勝手に始めることもできないから仕方が無いのだけど。
 ちょうど1年前から修行を始めた僕たちは腕前もしっかりしていない半人前で。更に僕は自信もないのだけれど、何故かレインには自信がありあまっているらしい。こういう人に仕事を任せる方が、余計に怖い気がするんだけど。
むしろ、わがままを言って2人で仕事を好き勝手できる様に仕向けたんじゃ……。
 なんて考えていると、その気持ちが透けて見えてしまったらしく「信用してないなー!」と頬を膨らませて、レインは部屋から走って出て行ってしまった。
 レインが出て行った部屋に取り残されたのは、僕と1冊の本だった。
 本とは言ってもその中は、大きく描かれた絵と文字が少しだけ印字されているもの――いわゆる絵本と呼ばれるもので、僕のお気に入りは魔法使いが出てくるお話だ。魔法使いという職業の人が町の人たちと互恵関係にあり、病気を治したり、甘いお菓子を作ったり、いろんな良いことをしてくれる。そんなロマンチックで夢のあるお話に、何度も浸っては空想を燻らせてしまう。
 いつかいろんな人に読まれ、語り継がれるようなそんなお話を書きたい。それが僕のやりたいことなのだ。

   ○   ○   ○

 夜になり、暗がりが増した頃に僕たちは仕事の準備をする。エメラルド色をした衣装を身につけ、小瓶のペンダントを提げる。
 僕の衣装とレインの衣装は少し違っている。僕のは胴まで丈の着物で襟元に金の糸で刺繍が入っているけれど、レインのは腿まで丈の被り物で刺繍は入っていない。刺繍の有無について、ズルいとかなんとか言われたことがあって「じゃあ交換する?」と返答したところ「変態」などと言われてしまった。今でも釈然としない。被り物の服って、魔法使いの衣装みたいで良いと思うんだけどな。
 首に提げたペンダントの小瓶には何も入っていない。本当なら僕たちの仕事に必要なものが入っているはずなんだけど、まだ半人前だから中身が無いのだ。
「じゃあ、くれぐれも気をつけて行ってくるんだよ。道のりはジラが覚えているからね」
 今日は僕たちだけの仕事だとレインが言ったように、師匠である所の父さんが念入りに説明をする。隣でずっとそわそわしているレインはおそらく、説明なんて聞いていないのだけど。
「そうだ。これを渡しておかなくちゃあな」
 そう言って父さんは軽く握った拳を差し出す。僕たちが手のひらを差し出すと、父さんの拳から小さな粒が転がり込んだ。凹凸のある、石のような硬さを持つ粒を少し見つめて、ペンダントの小瓶に収納する。
「3つずつ、あげるからね。ここだっていう場所で投げるんだよ」
 父さんの言葉に、何度も首を振るレインと1度しっかりと頷く僕。嫌々修行をしているとは言っても、仕事の大切さはわかっているし「3つだけ」という特別感には甘い誘惑を感じる。
「行ってきます」
 それぞれに言い合って、僕たちを連れて行ってくれる乗り物――ジラの背に跨る。ジラは僕たちが飼っている動物で、空を泳ぐことができる。背が広く、独特な甲羅は絨毯のように柔らかいので大人なら1人、子どもなら2人乗っても安心だ。それにとっても賢いので僕たちの言葉を理解して移動をすることもできるし、さっき父さんが言ったように道のりを覚えて目的地まで行って帰ることもできる。
「良い星降りを」
 父さんの声にいよいよだ。と緊張で硬く、唇を真っ直ぐに結った。

 星降り。それが僕たちの仕事だ。
 ジラに乗って夜空を廻り、ペンダントに入れた小さな粒――これが星なんだ――を空に投げる。星は僕たちの力の有無に関わらず空を舞い、やがて地に堕ちる。
 絵本で見た流れ星というものに似てるのかも知れない。そう考えるとこの仕事が完璧に嫌いにはなれない。なんて言ったって「流れ星が堕ちる前に願い事を言うと叶う」だなんてロマンチックで素敵じゃあないか。
「まーたなんか、考えてる?」
 僕の後ろにいるレインに声をかけられて気を取り戻す。そうだ。やるべきことをしなくちゃ。
「ま、その分わたしが好きにするから良いんだけどさ!……ジラ、山のむこうまで行くよ!」
「えぇ!?」
 レインの予定外の発言と、それに従い道のりを外れていくジラの行動にかき乱される。
「ちょっと、レイン何してんの?! ジラ、元のルートに戻って!」
「気にしなーい! 真っ直ぐいけー!」
 慌てて訂正をしようとしても、ジラは言うことを聞いてくれなかった。普段から真面目に星降りに向き合い、ジラを可愛がっていた分レインに利があるのだ。
「……ま、わたしもさ、嫌いじゃないよ? 例えば星くずを甘いお菓子にする魔法使いの話とか」
 不測の事態に怯える僕を慮るような内容の会話に面喰らう。まさか、レインの口から絵本を肯定する言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「甘いお菓子、わたしももらいたい」
 食い意地だった。見直しかけて損した。やっぱり、唯一僕の趣味を知っているレインにも理解はされないんだと痛感する。
「ジラ、降りて!」
 感傷的になっている僕を放ってレインが新たな動きを見せる。山の向こうに行くって言ったり、降りるって言ったり勝手なことを……っていうか僕たち今日、仕事してなくない?
「ルイン、あれ見て」
 自分勝手な姉の言葉に合わせて目線を向けると、森の中に一軒の家が見えた。とんがり帽子の屋根に立てられた煙突から白い靄が登っているから目に付いたのだろう。
 でも、なんでこんな所に? その考えから訝しんでいるのだと思った。けれど――
「あれ、魔法使いの家だよきっと」
 やっぱり違った。この人、本当に僕の姉なのかなと心配になる。いや、それ以前に姿形が似てるってだけで民家に安易に近付くかなぁ……。
 ジラがゆっくりと下降して家屋に近付くと、明かりの漏れる窓から少し様子が見えた。人影が蠢いている。
 こうと思ったレインの動きは早く、ジラに静止を命じたと思うと地に足を付けては、すぐに木のドアを押し開けていた。何て失礼なことを、と思ったのだけど、ドアに営業中と書かれたプレートがかけられているのが見え、お店だったのだと理解して安心した。
「いらっしゃい。……こんな時間に随分若いお客さんだね」
 僕たちを迎えたのは、お兄さんと言っても良い年頃の男の人だった。何かのお店なんだろうけど、カウンターを隔てた向こう側に木棚があるくらいの内装では汲み取れない。
「ここはお店なんですか?」
「わたしたちは星降りだからね、夜に出歩いても良いの」
 僕が気になったことを質問すると同時に、レインがお兄さんの言葉に答えるために仕事を告げた。瞬間、その場の空気が止まった感覚に陥った。
「……そうなんだね。実際に会うのは初めてだから、びっくりしたな」
 少し、止まった後のお兄さんはすらすらと話していく。
「ここは物を物と交換するお店でね」
 そうお兄さんが口にすると、レインがカウンターに身を乗り出した。
「甘いお菓子、ある?」
「ああ、あるよ」
 本当にこの人は自分本位に動きすぎだ。今だってふと自分の興味のある言葉が出たから、それだけで口走ったんだ。というかそもそも星降りという職業だって、簡単に口走るべきではなかったんじゃないか? と僕なら思慮深くなる。
「こんぺいとうっていうお菓子なんだけど……」
 そう言いながらお兄さんが持ってきたものは、なんだか見覚えのあるものだった。
「これ……」
 掌を傾けて僕たちに手渡されたそれらは、ペンダントの小瓶に入っている星にそっくりだった。小さな粒の周りを囲むように凹凸のついた、小さな塊。
「そっくりだ!」
 レインが見比べるために翳したペンダント。それはさらに上方へ持ち上げられた。
「本当、そっくりだ。これが星、なんだね」
 お兄さんがペンダントの星をじっくり眺めるようにして言う。……なんだろう、さっきからこのお兄さんの行動言動に違和感を覚える。
「じゃあ、お嬢さん。この星とお菓子を交換しよう。もちろん、仕事に必要なものだから俺がもらうのは1つで良い」
「ホントに? やったー! これ、甘くて美味しい!」
 いや、ちょっと待って。そんなのダメだって。と、そう言う間もなく交換は成立されてしまい……。
「1度、じっくり調べてみたかったんだ」
 満足そうな表情でレインの星はしまい込まれてしまった。
「――君たち、仕事に戻らなくて良いの?」
「忘れてた! ルイン、行くよ!」
 更に、そう言われてしまって阻止をする機会を失った。レインに引っ張られてお店を出た僕たちはジラに跨り、家路に着く。その道中で、僕は父さんから最初にもらった星を、レインはお店でもらったお菓子が混ざったものを降らせた。
 大幅にルートを外れた事、勝手に星を渡した事、レインがお菓子を降らせた事。やってはいけないことだらけの今日を、僕は怯えながら帰るしかなかった。
 けれど、心配は全く別のところに必要だったのだ。
「ずいぶん遅かったねぇ。ジラがいたずらで遠回りしたかな?」
 父さんは遅くなった僕たちを心配しただけで、叱ることはしなかった。
「今日は遅いからね、もう眠りなさい」
 勿論、心配をさせてしまったことは反省しなければいけない。そう思いながら、父さんの言葉に従い、眠りについた。

   ○   ○   ○

 次の日。普段なら僕よりも早くに目が覚めて朝の運動をしているはずのレインの声が聞こえなかった。寝坊、だとしても珍しい。そう思った僕はレインの部屋を覗いてみた。
「レイン……どうかしたの?」
 そこには、ベッドに臥しているレインと、それを看病する母さんの姿があった。
「ルイン、起きたのね……。レイン、もうどうしようもなくて……」
 瞼から涙をこぼしそうな母さんの表情を見て、大事なのだと気が付いた。そうだとしたら、原因は? 考えを巡らせて、思いつくのは1つしかない……。きっと、昨日のお菓子だ。そう思い当った僕は部屋に戻ってペンダントを握りしめると家を飛び出してジラの元へと走った。
「レインが大変なんだ! 昨日のお店まで、行ってくれるね?」
 言い聞かせるように説明をすると、ジラが静かに頷いたように見えた。そうして間もなく、前ビレを動かし始めたので、背中に飛び乗る。
 いざ行かん。魔女の城へ――女性でもないし、ただのお店だけど……。

 お店に着くと中は暗がりが強く、まだ営業時間ではないことが窺い知れた。けれど、中に入らなければ何も解決しない。虎の子を得たいなら――という言葉も異国にあるらしいし。
「お邪魔しまーす」
 昨夜の入り口からは、居住スペースが見当たらなかったので裏口を開く。
「……何これ?」
 お店の様子とは違い、整理のされていない物だらけの部屋が目の前に広がる。そして、その中で昨日のお兄さんは眠っていた。
「すみませーん」
 呼びかけてみるけれど、反応がない。
「すみませーん!」
 やっぱり返事がない。ただの……死んではいないよね?
 というか、この人のせいでレインが大変な目に遭っているということを考えたら腹が立ってきた。少し乱暴をしても、そう思って身体を揺さぶる。
「んあぁ……」
 反応有り。
「すみません! 昨日のお菓子なんですけど!」
「……知らない」
 一瞬、こちらを見遣ってから無視を通してもう一眠りしようとするお兄さん。なんなんだこの人は! 人の家族に変なものを食べさせておいて!
 どんどんと、僕の感情が暴走する。その瞬間、胸元が薄く光り始めたことに気付く。頭を垂れて確認をするとペンダントに光り輝くものが入っている。
「これって……」
 空っぽだったペンダントに星が入っている……? なぜ? いや、考えている暇はない。この星を降らせよう。
 そう考え、小瓶から掌に星を転がすと、輝きが増した。
「まぶしいって……」
 微睡みの中で反応をするお兄さん。悪い魔法使いは裁かれなくちゃあいけない。
「お兄さん、白状するなら今の内だよ。レインを元に戻してもらわなくちゃ」
「何のことだって……」
 あくまでしらを切るつもりか。じゃあ、仕方がない。ひと粒の星を握った拳を、下から上に向かって振る。
「星降り……ルインスター!」
 天井に向けて投げられた星は弧を描き、床に向かう。光の、あまりにもの眩さから目を開いたお兄さんは、すんでの所で回避をした。
「へぅ……」
 けれど、頭の横を通り過ぎた星が埋まりこんでいるのを見て、気絶してしまった。

 結局、僕は気を失ったお兄さんをジラに積みこんで家に帰ることにした。
ジラの停泊場に辿り着いた僕は、ジラの上にお兄さんを寝かせた状態でレインの様子を見に行く。手遅れじゃなければ良いんだけど……。
「あれ、ルイン。どしたの?」
 慌てる僕を迎えたのは、ベッドの上で冷たそうなドリンクを飲みながらリラックスしきったレインだった。
「ルイン、帰ったのね」
 そして、背後から母さんが。
「え? レイン、病気なんじゃ……」
「え? 違うわよ? この子ったら、お父さんにもらった星をお菓子だと思って食べたんですって。ホント、どうしようもない子よね」
 ……へ?
「ルインー。ジラの所に変な男がいるんだが、何か知ってるか?」
 戸惑う僕に追い打ちをかける父さん。
 え? 何これ。もしかして、全部僕の思い込み……?
「ルインー。どうしたー?」
「どうしたのー?」
「大丈夫?」
 思い思いに声をかけられることで、混乱が深まる。
 勘違いだなんて恥ずかしいこと、言えるわけがない。

 後程確認をした所、お店のお兄さんはただの行商の人で星降りという職業に興味があって近くに住んでいたらしい。僕たちが持っていた星がお菓子に似ていた理由はというと、父さんがお茶目を働かせて僕たちにこんぺいとうを持たせたから、だった。
 じゃあ、僕がお兄さんに投げたのは……?
 やめよう。また、空想を燻らせて恥をかくのは嫌だ。
「僕、もう星降り辞める……」
 誰にと言わずに僕は宣言する。やっぱり、なりたい職業に就くべきなのだ。


     【了】