ウォンマガ夏フェス2016

お題:ペンダント | 絵:しば | 文:夜崎梨人

ちょっとずつたべるんだよ


月が笑う夜のおまじない

  椅子と本を積み上げて作ったはしごを前に、シュガは未だ勇気がでなかった。手をかけては思い直して戻ることを繰り返している。
 ほぼ真上に位置する窓からは、意地悪な笑みを浮かべた月がシュガを見下ろしていた。
 十年に一度、月が笑う。口角をつり上げたような弧を描いた夜は、決して森に入ってはならない。大人も子供も、一人として戻ってきた者はいない。
 大人は夜を嫌う。例え、月が笑わない夜であっても。子供がどこかへ消えてしまわないかと心配で、過剰に家の中へ囲いたがった。
 シュガの両親も例外ではない。陽が沈むと、大人は家中のありとあらゆる戸をかたく閉める。ドアの鍵は子供の力だけでは開けることのできないビンの中へ。窓の位置は子供が手を伸ばしても絶対に届くことのできない高さにつくられていた。
 子供の誰もが夜の森への好奇心を持っている。シュガも例外ではない。
 あの手この手を使って子供たちは親を欺き、ありとあらゆる手段を尽くして森へ出かけた。そうして彼らは夜の恐ろしい森を体験して帰ってくる。
 学校へ行くたび、友達の誰かが森へ行ったことを話す。彼らの中で森へ出かけることは、一種の度胸試しのようだった。
 教室の中で、誰が決めたわけでもなく順番に誰かが夜の森へ足を運ぶ。シュガは興味津々に話を聞きながらも、決して行こうとはしなかった。
 シュガは勇気もなければ、度胸もない。そのくせに好奇心は人一倍に持っている。森へ出かけたクラスメイトの話は欠かさず耳を傾けた。森の中は真っ暗闇で何も見えないとか、光る眼に見つめられたとか、樹が笑ったとか。まるでおとぎ話のようなことを彼らは口々に語る。そして誰もが揃って「二度と行きたくない」と言うのだ。
 昼の森しか知らないシュガは夜の森がどんな場所なのか自分の目で確かめたかった。しかし、そのための勇気を持ち合わせていない。
 ぐずぐずしている間に、夜の森へ出かけていない子供はシュガだけになってしまった。
 夜の森を知った友達はみな、月が笑う日にわざわざ行かなくてもいいと言う。シュガもそう思っていた。きっと今行かなければずっと行かなくなることもわかっていた。
 シュガには今日出かけなければならない理由がある。
 大好きな祖母から手紙が届いたのだ。物心がついて間もない頃に可愛がってもらった記憶がある。毎晩布団の中で、聞いたこともないような夢物語をたくさん語ってくれた。
 ところが、六歳を過ぎたあたりから祖母は全く姿を見せなくなった。両親に聞いても遠くに行ったとしか答えてくれない。何一つ連絡が取れず、もうこの世にすらいないと覚悟していた。
 九年の月日が流れ寂しさをやっと忘れた頃に、初めて祖母から手紙が届いたのだ。
 シュガは喜ばずにはいられなかった。意気揚々と開けた手紙に近況を知らせる文面は一つもない。その代りに、夜のような青色で招待状が綴られていた。
『月が笑う夜、森へ遊びにいらっしゃい』
 初めの一歩が踏み出せないシュガにとって、背中を押すような一言だった。
 しかし、シュガはさらなる一歩を踏み出せずにいる。
 準備したカバンの中から手紙を取り出して、何度も手紙を読み返した。もう一度、一歩を踏み出すために自分を勇気づけようとする。しかし、読み返すほど言葉は次第に文字の羅列にしか見えず、勇気は二度とわいてこない。
 やはり自分には無理なのかもしれない。そう諦めかけた時、ふと、招待状の裏に夕焼けのような色で文字が書かれていたことに気づいた。
『勇気が出ないときは、おまじないをためしてごらんなさい』
 祖母がよくシュガにやっていたおまじないを思い出した。
 シュガは机に入れていた小瓶と、星のような砂糖菓子の入った大きなビンを用意した。小瓶の中に色とりどりの砂糖菓子をつめこんでいく。コルクでしっかりとふたをしたあと、大きなビンから三つ取り出した。
 両手で祈るように握りしめ、「夜の森に行きたい」と三回言葉を繰り返す。そうして、願いを込めた砂糖菓子を一粒ずつ口に含んだ。
 一つ食べると、はしごをのぼる勇気がわいた。
 二つ食べると、家を出る勇気がわいた。
 三つ食べると、夜の森へいく勇気がわいた。
 今なら勢いに任せて外へ飛び出せるような気さえする。
 砂糖菓子の入った小瓶を首からさげ、シュガは積み上げた椅子に手をかけた。不安定に揺れる椅子の上でバランスをとりながら、一歩ずつのぼっていく。
 頂上まで着くと、足元の景色は直視できない。もう引き返すこともできないと腹をくくり、窓を開けた。
 高い位置にあるだけで、窓の鍵は簡単に外すことができる。しかし、窓の外は屋根の上だ。出ることはできても、下りることまで考えていなかった。
 幸いなことに、家の傍に積み上げられた荷物で足場ができていた。慎重に足をかけて下りると、夜に出かけることが簡単に思えてきた。
 森はすぐ目の前にある。先の見えない暗闇に後ずさってしまいそうになる。
 シュガは砂糖菓子を一粒取り出すと、「怖くない」と繰り返し唱えて口に放り入れた。がりがり、と音を立てながらかみ砕くと、自分が強くなったような気がした。
 再び恐怖が戻ってこないうちに、シュガは森の中へ走り出した。
 森の中はランプさえあれば、昼間の姿とあまり変わりない。樹が笑っているようには見えないし、光る眼は猫だった。
 せっかく森へ入ったものの、行くアテは何一つない。祖母の手紙にも詳しい場所は書かれていなかった。覚えている限りでは、森の中に家はない。誰かが暮らしているような気配もない。
 シュガは森の外を目指した。今まで外へ出たことがなく、もし祖母がいるとしたら森の外しかありえないと考えたのだ。
 しかし、外は崖だった。底も見えなければ対岸も暗闇で見ることができない。世界の端にいるような気分になる。世界は丸いと言うが、本当は平面なのではないかと思えてくる。
 こんな場所に人が住むとは思えない。まさか祖母からの手紙は偽物だったのだろうか。偽物だったとしても、そんなことをする意図がわからない。
 疑心暗鬼のまま、シュガは淵に沿って歩き出した。アテがあるわけではない。ただ、世界の端まで来たならば、さらにその端を見たいと好奇心がうずいたのだ。
 しばらく歩くと、再び森がやってきた。足元には土や砂利よりも、コケや草などの植物が生えている。視界も徐々に明るくなり、ランプがなくても辺りがよく見えるようになった。
 まさか朝になったのではないだろうか。おそらく家では両親が探しているかもしれない。帰ったら怒られることは間違いないだろう。どうせ怒られるのだから、とシュガは森をどんどん突き進んだ。
 やがて、湖が見えてきた。森にこんなものがあったとは、思いもしない。昼の森でよく遊ぶシュガでも見たことがない。
 水は冷たく、底が見えるほど透明だった。
 森で遊び慣れているとはいっても、長距離を歩くのは慣れていない。緊張も相まって、体が強張っていたのだろう。安心して休むことのできる場所を見つけてほっとしたのか、どっと疲れがあふれた。
 冷たい湖の水は喉の渇きをうるおしてくれる。緊張から解放された反動か、おなかも空いた。
 食べ物は特に持ってきてはいない。首からさげている砂糖菓子が唯一食べることのできるものだ。胃にたまるかどうかはともかく、口になにか入れておきたかった。
 シュガは小瓶から三粒取り出しておまじないをかけず口に含んだ。一粒ずつゆっくり舐め終えても、おなかは満足しなかった。
 この後はどう行動しようか考えかねていた。好奇心のおもむくままに世界の端を目指して歩いてもいい。当初の目的は祖母の元を訪ねることだ。しかし、場所の見当もまったくつかず、空腹で力もわかない。
 ふと、視界の隅できらりと光るものが見えた。湖の中でなにかが光っている。
 魚だろうか。調理できるかはともかく、食べられる生き物がいるというだけでも救いのようだった。
 シュガが顔を近づけると、影が差したように辺りが暗くなる。そして、水面には自分の顔以外にオオカミのような顔が写り込んでいた。
 思わず声をあげて後ずさった。
 よほど声が大きかったのか、オオカミ頭は耳を塞いで苦そうな顔をしている。
 見た目はオオカミか犬のような頭と、毛におおわれた手足。しかしシュガが知っている動物とは決定的に違う。二本の後ろ足で器用に立っていた。地面を離れている前足は人間の手のように動く。
「な、なんなんだよ、キミは」
 まるで本の中に出てくる獣人のようだった。
 祖母から昔、遠い国では獣人がいると聞いたことがある。国によっては人間と共に暮らしているとも聞いた。
 いつか大人になったら会ってみたいと夢みていた存在だ。まさかこんな近くで会えるとは思いもしない。
 もっと怖いものだと思っていた。人間にはない鋭い牙や爪を持ち、襲われたらひとたまりもないと勝手に恐れていた。
「それはこっちのセリフだよ。いきなり大きな声を出すからびっくりしただろ!」
「キミだって、いきなり現れたじゃないか! 後ろに立たれたら誰でもびっくりするに決まってる」
「それもそうか。驚かせてごめん」
 あっさりと謝られ、言い返した自分が大人気ないように思えた。売り言葉に買い言葉で思わず言い返していたが、シュガも謝らなければならない。
 しかし、ごめんと言うだけなのに、口が思うように動かない。もごもごと自分でも何を言っているか聞き取れていなかった。
「僕も、ごめん」
 どうにか言えたが、あまりにも短い。自分のちっぽけな意地のせいで、何に対して謝ればいいのかもわからなくなっていた。
 大きな声を出したことだろうか。
 驚かせてしまったことだろうか。
 シュガはなんと言っていいのかわからず、もう一度「ごめん」と言うことしかできなかった。
「いいよ、謝ってくれたから。実はそんなに怒ってない」
 恐る恐る見ると、目尻が下がり笑っているようだった。少なくとも、怒っているようには見えない。
 シュガが改めて謝ろうとすると、大きなてのひらで口を塞いだ。もう言うな、ということらしい。三度目の謝罪は飲み込んで、心の中で済ませた。
「おれはゼーレイっていうんだ。あんたは?」
「かっこいい名前だね。僕はシュガ」
「あんたは甘そうな名前だな」
「よく言われる」
 ゼーレイに手を貸してもらい、どうにか立ち上がることができた。並ぶとシュガの方が頭一つ分高く、少し意外な目線に感じる。
 シュガの中で獣人は大きな存在だ。背も高く、体つきもしっかりしているだろうと想像していた。目の前にいる彼は、背の高さも体つきも想像とはかけ離れている。年が同じくらいで人間のように成長期があるとすれば、彼もきっと大きくなるのだろう。
「シュガは一人でここに来たのか? こんな真夜中なのに」
「真夜中? 今はもう朝だろう?」
 影ができるほど明るいというのに、真夜中だなんてばかげている。誰だって嘘だと思うだろう。
 しかし、シュガよりもゼーレイのほうが不思議そうな顔をしているのだ。
「まだ真夜中だろ。やっと月が下り始めてきたくらいだ」
「でも、こんなに明るいじゃないか」
 それは、とゼーレイは空を指さす。つられて上を向くと、そこに空はなかった。
 頭上には透明な鉱石が針のように鋭く、山のように突き刺さっている。光源は鉱石から放出されるものだったようだ。
「昼間に光を蓄積する鉱石なんだよ。おかげで夜になってもここら一帯は昼間みたいに明るいんだ」
 太陽とまではいかなくとも、目にしみるような明るさだった。
 湖で光ったのはこの石だったのかもしれない。水面に反射し光って見えたのだろう。
「なんだ、魚じゃないのか」
 少し残念だった。期待がはずれて空腹感が増したような気がした。
「魚? いるにはいるけど」
「いるの? 食べられる? 僕おなかが空いてもう動けなくて」
 魚がいると聞いて黙っていられなかった。口早に問い詰めると、ゼーレイはおかしそうにクスクス笑う。
「なにがおかしいのさ」
「いや、ごめん、そんなに腹が減ったのかと思って。いいよ、とってやるから、待ってて」
 着ている服の裾をたくし上げて一か所で結ぶと、ゼーレイは湖に入っていく。湖自体はあまり深くないのか、中心近くまで彼は行ってしまった。
 バシャッと水を叩くような音がしたかと思うと、ゼーレイの手には緑色の魚がいた。その後も何匹か捕まえていた。彼の後姿のなんと頼もしいことか。背の高さも体つきの良さも関係ない。
 魚を取り終えたゼーレイはシュガの元へやってきた。食べられるかどうかわからない見たこともない魚だった。両手いっぱいに掴まれた魚たちは二人で食べるなら十分な量だ。
「その魚、食べられるの?」
「ああ。コケウオって魚だ。体に付着しているコケはもちろん、中身も焼くと美味いんだ」
 熱々の身にかぶりつく様を想像して、シュガの空腹はさらに刺激された。はやく食べたくて、口の中には唾液があとからあとからわいてくる。
 しかし、ゼーレイは魚を持ったままどこかへ歩き始めてしまった。
「ちょっと、どこに行くのさ。魚食べないの?」
「食べるよ。でもここじゃ火もおこせないだろ。おれはやり方も知らないしな」
 シュガも火をおこす方法は知らなかった。本で読んだだけの知識は少なからずあるが、あまり頼りにはできない。
 ゼーレイはどこか魚が食べられるような場所へ向かっているらしい。そこには火も道具も揃っているという。
 何も聞かずゼーレイについていくと、小屋にたどり着いた。こんなところに家があるなんて想像できただろうか。あれば、と思っていたがまさか本当にあるとは思いもしなかった。
 ただいま、と彼が入っていく後に続いて、シュガも中に入れてもらう。
 すると、そこには一人の女性がいた。見た目はシュガと同じ人間だが、見覚えのある顔だった。
「おかえり、ゼーレイ。シュガも連れてきてくれたんだね」
 彼女がゼーレイの頭をなでると、嬉しそうに目尻が下がった。
 シュガの事を知っているらしい。しかし、どんなに思い出そうとしても、どこで会ったのか思い出せなかった。
「私が誰かわからないって顔をしているね。まあ、無理もないさ。シュガ、驚いて腰を抜かしちゃあだめだよ」
 彼女が指を一度鳴らすと、その間だけ時間が進んだように容姿が変わっていく。母親くらいの見た目だった姿から、シワが増えていき、記憶の中の祖母そっくりの姿になった。
 驚いて腰を抜かすな、というほうが無理だ。シュガは彼女の姿を見て腰が抜けてしまった。
「おやおや、腰が抜けちまったのかい。しょうがないね。ゼーレイ、手を貸してやっておくれ」
 もう一度彼女が指を鳴らすと、みるみるうちに若返り、元通りの若さまで戻った。
 何が起こったのかシュガには理解が追いつかない。年をとったり若返ったりなんて、それこそ本の中の魔法のようだ。何か仕掛けがあるのではと考えてみたが、特に思いつかない。
「改めて紹介しよう。私は君のおばあちゃんさ。魔法が使えるおばあちゃんなんてそうそういないだろう?」
 当たり前だ。あちこちの家の祖母が魔法使いでしょっちゅう若返っていたら、誰が母親なのかもわからなくなる。
「そしてこの子はゼーレイ。オオカミ族の獣人さ。私が親代わりになって育てているんだ」
 ゼーレイがまだ赤ん坊の頃、祖母が拾ったのだという。物心つく前で、両親がどういう状態なのかもわからないらしい。しかし、内容に反して彼はあっけらかんとしている。祖母に育てられた生活が楽しいらしく、寂しさはないのだという。
「さて、せっかくだからゼーレイがとってきてくれた魚を食べようか」
 料理というほど手の込んだものではない。魚をさばいて塩焼きにしたものが皿に乗ってでてきた。料理ができないシュガにはそれだけでもご馳走のように見える。
 魚の味は見た目通り淡泊だが、塩の加減がよいのか次の一口が早く欲しくなった。
 空っぽだった胃が満たされていき、考えに余裕が持てるようになった。
「どうして僕を呼んだの、おばあちゃん」
「ゼーレイと合わせたかったのさ。同じ年くらいの子供で思いつくのがお前しかいなかったんだよ。それに、月が笑う日でないとこちらには行けないからね」
 祖母の話が本当だとすれば、シュガは今森を抜けた崖の底にいるのだという。月が笑うような形にならなければ見ることのできない道があり、そこを通ってきたらしい。この崖の底は人間と獣人が暮らす土地の境に位置する。互いの土地へ侵入することができないよう、祖母が見張り役として暮らしているのだ。
 母は祖母が魔法使いだということを知っていた。魔法も使えるが、人間らしく生活することに憧れていたため、父にも話していないのだという。
 今まで聞いたこともなかった母や祖母の話は、シュガにとって新鮮だった。
 魚を食べ終えると、祖母は朝がやってくると言ってシュガの見送りの準備を始めた。
「おばあちゃん、もう少しここにいたい」
 祖母の話を聞いていたいし、なによりゼーレイともっと話がしたかった。
 しかし、それは叶わないと祖母は首を横に振る。
「だめだよ。今日を逃すと、十年先までシュガは帰れなくなってしまうからね。ゼーレイ、送ってくれるかい?」
「わかった。行こう、シュガ」
 駄々をこねるような年でもなく、シュガはおとなしくゼーレイに手を引かれて小屋を出た。
 帰り道の途中、ふとゼーレイが歩みを止めた。
「なあ、シュガ、その首からさげてるお菓子を食べさせてくれないか」
「この砂糖菓子? いいよ」
 小瓶のふたを開け、てのひらにころんといくつか転がす。両手を広げるゼーレイに渡すと、めずらしそうに眺めたり光に透かしたりしていた。渡した分を一気に食べてしまわず、彼は一粒ずつ口に含んだ。
「おいしい?」
「すごく。こんなお菓子があるんだな、いいな」
 たいそう気に入ったのか、口に入れたお菓子を中で転がしながら舐めている。
 シュガはいいことを思いついた、と首から小瓶をはずすとゼーレイの後ろに立った。
「どうしたんだよ」
「僕の小瓶をあげる。たくさん入れてきたからしばらくは食べられるんじゃないかな」
「でも、シュガは困るだろう?」
「大丈夫。家には大きなビンにたくさん入ってるから。それにこのお菓子はおまじないができるんだ」
 シュガは小瓶を握り、言葉を三回唱えた。
「ゼーレイとまた会えますように」
 そして小瓶から二粒出すと、一つは自分の口へ。もう一つはゼーレイの口へ入れた。
「こうしておまじないをしながら食べるんだ。そうすると、願いが叶うから」
 勇気が欲しい時、元気が欲しい時に、シュガはこの砂糖菓子を食べていた。決まって願いごとを三回唱えて口に含む。そうすると、不思議と勇気がわき、元気がでた。
「今度は僕が迎えに行くから」
 ゼーレイが祖母の家へ案内してくれたように、今度はシュガが彼を迎えに行きたかった。自分の知っている世界を案内したい。おいしいものを食べてもらいたい。それがシュガの願いだった。
「いやだ。今度もおれが迎えに行く」
「だめ。僕も譲れない」
 互いに迎えに行くと言って一歩も譲る気はなかった。ならば、とシュガは一つ提案した。
「じゃあ、十年後の月が笑った夜、この湖で待ち合わせようよ。そうすれば、僕はキミを、キミは僕を迎えに行くことができる」
「いいよ。その時はお菓子のおかわりも持ってきてくれよ」
「もちろん。その時まで、ちょっとずつ食べるんだよ」
 二人で小瓶を持つと、同じ言葉を三回唱えた。
『十年後にここでまた会おう』
 願いというよりも、それは約束のようだった。二人は互いのてのひらに一粒ずつ出すと、お互いの口に入れた。

 夜が明け、シュガが家に戻ると父も母も涙目になって怒っていた。たくさんの心配をかけてしまったらしい。
 どんなに怒られても、不思議と怖くない。それよりも十年後が今から待ち遠しくて仕方なかった。
「ねえ、二人とも僕の話を聞いてよ」
 月が笑う夜にできた友達の話を。