ウォンマガ夏フェス2016

お題:イヤリング・ブローチ | 絵:ヨウ | 文:國白

looking for…


鳩の血

 
 輝く星のその向こう
 望む者のみ行ける場所
 辿り着くには鋭い野心
 変わらぬ意思の力が必要
 侮らず 焦らず 揺るがずに
 君を導く声を聞け

 「有名な文言さ、な?お前もどこかで聞いたことがあるだろうよ」
ガヤガヤと騒ぐ酒場の雰囲気につられて、情報もわんさと溢れる下町のギルド。片目を龍にやられたのだ、と豪語ずる男が話したその詩は、彼の耳にもしっかと届いた。そこで働くその青年は、青く眩い瞳が印象的な男性だった。
 「……そうだろう?いやまあなんだ、俺とて本当に信じちゃいねえけど、よ。いや、これが行ってきたやつがいるってんだから信じねえわけにもいかなかったっつーことよ」
グビリ、とビールを飲みほして、ガツンとテーブルに衝撃が加わる。
 「お客さん、その話、俺にも聞かせてくださいよ」
空になったジョッキをどけて、もう一杯、と泡立つそれをすすめれば、上機嫌で話し出す。
 「おうおう兄ちゃん悪いなあ!……っとと、わあかってるよ、もう一杯だけ、な」
仲間に諫められながら、うまそうにビールを飲むと男は自分が聞いてきた話を始めた。
 「いやな、そいつぁ確かに怪しい奴だった。寒くもねえのに外套(マント)を羽織っててよ、帽子を目深に被ってんだ。俺たちが近くで今度の冒険の手柄話をしてたら奴ぁ入ってきてよ、静かに言ったんだよ、こんな詩を知ってるかって――いや、男か女かはわかんねえんだよな……まあでも男だろうよ――ああうん、さっきのやつだ。俺はもちろん知ってるからな、ああ知ってるぜって……」
男が言う事には、そいつは、“あるもの”を求めて旅をしていたという。どうやらその詩が手掛かりらしく、聞いて回ってる様子だったというのだ。そして探し物は「ピエロの服」。
「ピエロの服ぅ!?」
怪訝な表情で近くにいた男が声を上げる。それも無理はない。なにしろ、そんな名前ではどう考えても馬鹿みたいな探し物だ。
「そうなんだよ、それでよぉ!俺も変だと思ってよ、『なんだそりゃ』って言ったんだよ」
さっきのおめえみてぇにな、と豪快に笑いながら男が言う。
 「そうしたらよ、そいつもちょっと笑ってよ、おかしな探し物だろう、って笑ったんだよ」
そうして彼は男に出身地を聞いたらしい。
 「俺ぁそいつにこれは有名な歌だからみんな知ってるぜ、って言ってやったんだ」
そう言うとそいつはそうか、というや否やマスターに声をかけたらしい。この詩を知っているか、と。
 「んなよぉ、誰でも知ってると俺ぁそんときは思っていたわけよ、いやはやところがどっこい、んなこたぁなかったっつーわけだ」
どうやらマスターは知らないと答えたらしい。
 「まあ、それでよ。『ピエロの服』がどんなもんかもわからねえし、手掛かりは詩だけって変な探しもんだよなぁ」
そこで話は終わった、と言わんばかりに男が間を置くと、えーわかんねえのかよ、オチがねえじゃねえか、と野次が飛び交った。確かにこれでは、何が何やらわからない話である。
 「おいおいおい、そう言うなよ、やつは『ピエロの服』についてな、でも服じゃねえとぬかしやがったんだ。いや、正確には服かわからねえ、つったんだけどよ。それって変だと思わねえか?」
そう言った彼はニヤリとして見せた。離れていた連中が、また集まってくる。
 「探すも何も姿かたちがわからねえもんを知ってるかって言われてもな。なんか手掛かりはねえのかよ、って言ってやったんだ。そうしたらそいつは少し考え込むと、こう言ったんだよ」
そこでは吐息は眩い宝石に、時計は時を刻まずに見守る役目を果たすのみらしい。
 「変な話だよな、そんなとこ、あり得ないと思わないか?…まあ、そんなとこにそいつの求める『ピエロの服』ってのがあるらしいぜ」
男はそう言ってビールをグイ、と飲み干すと、上機嫌のまま帰って行った。
 「ありがとうございました!また来てくださいね!」
彼は男の後ろ姿にそう声をかける。そのままテーブルやら椅子やらをもとの位置に戻して、平らげられた皿やジョッキを片付ける。まさか、こんな近くにあの詩を知っている人がいるとは思ってもみなかった。勿論この町にもあの詩は確かに知られていて、きっと男の町にもあったであろう、伝承に由来する土地がある。そこは観光地からかなり離れていて、たまに、ごく稀に、誰かが「出て」きたり「入って」きたりするらしい、とのことだった。
――まあでも、十中八九決まりだな。
あの詩の伝承されている地域の情報は、見聞きした限りこの土地に辿り着いているようである。あとは、その伝承がある場所へ行けば良いのだが、なんにせよ、その男がここだと辿り着いたかどうかのほうが気がかりだった。
一人で行くには心もとなく、かといって連れだって行く所でもない、が。
正解が本当にここかわからず、少なからず不安な気持ちを抱える。
――行動するのみ、か。
きゅ、と口を結んで厨房のほうを振り返る。幸い、客足も落ち着いてきたようで、店内は程よく空いていた。これから夕刻までは早々人は来ないであろう、と見込んで裏に戻る。
「お疲れさんです。店長、俺今日はもう上がっても大丈夫ですかね」
「おう、お疲れ。ああ、わかった。ま、俺一人でもなんとかなるだろ……お前、さっきの話、聞いてたか」
「まあ、はい……」
 「よし。じゃあ、気をつけてな」
店長にひとつ頷いて、思い出したように振り返る。
 「ありがとう、ございました」
そう言って頭を下げる。
 「いいってことよ。その代わり、帰ってきたら顔、見せろよ」
 「……はい」
もう一度静かに礼をして、店の裏口を出る。
――さて、と。
少し傾き始めた日の光が、彼を眩しく照らす。焼けつくような暑さはまだまだ一日が長いことを知らせていた。
ナップザックを背負って愛車に跨る。
 「やっと、か」
そう呟いて、彼はペダルを漕ぎ出した。


 彼には両親がいなかった。いや、正確には「いる」のだが、それは決して本物ではなくて。幼いころに亡くしてしまった両親の、代わりとしての家族なのだ。日々投げかけられる罵倒には慣れてしまったし、振るわれる暴力には無反応を貫き通した。おかげで、もうめっきり何もされなくなっていた。――投げかけられる視線は別だが。
あの“異質”を見るような眼だけには、慣れることができなかった。幼いころの記憶はうっすらとしていて、そのせいか誰も味方になってくれないのが当たり前のような、そんな感覚。家の中で孤立していた彼は、たまたまふらりと入ったパブの店主に気に入られ、あの店の手伝いをするようになったのだった。店主もまた、一人息子を事故で亡くしており、彼をよくかわいがった。初めは戸惑ったものの、店主の大きな心のおかげで、彼はなんとかここまで成長できたと言っても過言ではないのだ。
そして、小耳にはさんだ、あの情報。
“道しるべが欲しいならちょっと変わったものを探すといい。「鳩の血ピジョン・ブラッド」と呼ばれるそれは、それはそれは不思議なところにあるそうな。”
それは、彼が知りたいことに他ならなかった。まさかずっとパブで働いているわけにもいかないし、家を出るにしてもどうすればいいかわからない。そもそも、その存在自体が邪魔なものとして扱われてしまった彼は、何故か誰も受け入れてくれないのじゃないかという錯覚までしていた。ガチャリ、とぞんざいに自転車を置くと、裏の抜け道から自分の部屋に入る。ばふん、とベッドに倒れこんで密かな計画を胸に燃やした。




氷のように空気が冷たい。少し息を吐けば、ピキピキ、という音とともに結晶になって霧散する。あらかじめ用意していたマントを羽織ってさらに進む。あと少しで「鳩の血」が手に入る、その為なら。どんなことでもしようと、手足に力が入る。
岩場を抜け、辿り着いたのは、不思議な場所だった。
まるでそこだけ空間が違うような、微妙なズレを感じるような。
兎に角、変に意識してしまう。一歩空間に踏み込めば、肌が、全身が、総毛立つのがわかった。異質はしかし、彼を受け入れているようで。先ほどの氷のような冷たさとは打って変わって、水の中のような錯覚に囚われる。温かいけれど冷たく、泳げるような、そんな。彼はひとつ足を踏み出す。岩場から離れた足は頼りなく空をさ迷い、柔らかい感覚とともに確かな質量のあるその中にいた。
泳げるかもしれない、という淡い希望を胸に、思い切ってその場で飛び上がる。
トプン、と確かに水音が聞こえた。
瞬間、体は緩やかに下降を始め、彼は上に向かってその透明な水を掻き分ける。
不思議に息は苦しくなく、吐く度にキラキラと上へ向かう。
どれほど泳いだのだろうか。
突然、明るく輝く星々に取り囲まれる。足元には先ほどまでの空間。泳がずとも下降することはなく、ただ前へ進もうとするだけでするりと昇っていけるような、そんな。
不意に彼の前を目も眩むような赤が通り過ぎる。そうして彼は確信した。あれこそが、自分の求めていた「鳩の血」なのだと。
咄嗟に手を伸ばすけれど、もちろん届くはずもなく。どこへ行ったかと視線を巡らせて、捉える。
一筋赤が走る、その一線を見極める。美しい流星のようなそれを、首尾よく籠へ収めようとする――しかし、収めようともがけばもがくほど、何故か幼い記憶が脳裏を掠める。それは、覚えていないはずの、彼がとてもとても小さく、一人で話すこともできなかった、そんな昔の話。
母親が絵本を読んでくれたこと、傍らで父親が優しく笑っていたこと。それに呼応するかのように、叔母や叔父たち義理の両親から浴びせられた罵声や暴力の数々も思い出される。苦しく、顔がゆがむ。鳩は、手をすり抜けて、何度でも逃げる。
逃げながら美しく赤の曲線を描いていく。青や、黄、白の輝く空間に奔る、赤。
コポ、と口から息が漏れる。先ほどまではキラキラ上へと上がっていくだけだったそれが、途中で色のついた鮮やかな宝石へと変わる。それは落ちることなく、まるでそうなることが決まっていたように星々に交じって燦然と輝きを放つ。赤色の宝石が生まれて、そちらに目が奪われるものの、「赤」の格が違うとでも言いたいのか、「鳩の血」に敵う赤では到底なく。
しっかと目に「鳩の血」を映す。次に、手を翳して、籠を振り仰いだ瞬間。
ガサッと音がして、美しい鳩座が籠に収まっていた。それの心臓が「鳩の血」だと呼ばれる宝石であることを彼はもうわかっていた。鳩座が懸命に逃げようと暴れる。その籠を引き連れながら、今度はうまいこと下に降りようと、飛び降りるような格好で足元を蹴る。
途端、引き戻されるような、急に引力が戻ったような、そんな感覚が全身を襲う。
それはすぐのようであったし、もしかしたら長かったのかもしれないけれど、いつの間にか彼の足は岩場に着いていた。
まるで夢のような感覚に少し焦りを感じて手元を見る。間違いなく、鳩は籠に入っていた。寂しそうに赤い宝石がきらりと光った。
それ以降、鳩は驚くほど静かだった。来た時よりも幾分簡単に岩場を潜り抜け、昨日一泊した洞窟に辿り着く。傍らに籠を置いて、一息をつく。そのせいか疲れが一気に彼を襲う。
 最悪な夢を見た。
鳩が飛び立とうとしても足枷が邪魔をして耳障りな音が響く。真っ暗な空間のどこからか、聞きなれた声がこれまたよく聞いてきた罵倒と共に響く。聞きたくなくて耳を塞ぐのだが、どうやっても聞こえてくる。鳩はその横でお構いなく枷をガシャンガシャン言わせながら、外に出ようと試みる。
 目を覚ましても、いまいち疲れが取れなかった。代わりに、シャラリと耳元で綺麗な音がした。思わず手をやってそれを外す。
それは、いつかの母の形見だった。美しく光る白の珠は連なって下がり、揺れるたびにゆうらりと夕焼けを思い出させる。
 「母さん……」
ぽろり、と涙が頬を伝う。熱量をもった小さな滴は、下に落ちるごとにその身を液体から変化させ。美しい水色の宝石となった。
それにまるで呼応するかのように。ひやり、と彼の服越しに何かが伝わる。
 「これ……は……」
胸元を見ると青く光る石が、ますで彼の気持ちを表すように色を変えていく。
いつの間にか傍らの鳩は暴れるのを止め、静かに籠に収まっていた。
彼は少し考えると、籠の蓋を開ける。
 「悪かった」
聞こえる筈もない、と思いながら独り言のようにそう零す。どう進んだらいいか、ではなくて、どう進んでいきたいか、それが重要なことだったのだ。しかし、鳩はそのままそこに収まっていた。
先ほどの悪夢が彼の脳裏を掠める。
鳩はこのままにしてはいけないような、そんな。彼は意を決して引き返すと、籠ごと透明な水のある場所へ投げる。
すると。
籠が落ちていくにつれ、赤く光る何かが上に上にと昇っていくさまが見えた。美しくも力強いそれは、くるりと彼の前で一回転すると、また上昇を始めた。


胸元の青い鳥が、笑っている気がした。