ウォンマガ夏フェス2016

お題:簪・ペンダント・カチューシャ・ブローチ・イヤリング | 絵:漣猗 | 文:あっぷるピエロ

純白の望み


封印式は魔除けの銀と円環を

  花婿が一人、祭壇前に立っている。
 赤い絨毯が敷かれた白いホールは広く高くステンドグラスから差す日が明るい空間に色彩を加えていた。
 参列者は、誰もいない。
 長い長い絨毯の先は四つに分かれていて、それぞれが人影が立っている。
「草太クン?」
 ――一人は赤を基調とし、刺繍も艶やかなチャイナ服の美女。大玉の真珠を連ねたイヤリングが揺れる耳たぶの傍ら、豊かに波打つ赤髪をかきあげ、妖艶に笑む。
「草太さん……」
 ――一人は蝶と花に満遍なく彩られた緑の着物の少女。うなじの覗く程度に整えられた頭髪には鬼灯を模した飾りのレースのカチューシャがはめられている。緊張した様子で、衣装に合わせた唐傘の柄を握る。
「草くん」
 ――一人は頬を染めて恥ずかしそうに胸の前で両手を重ねる少女。絹糸のごとき長い髪は滝のように流れ落ち、青いドレスと絡むようだった。水面を思わせるドレスの胸元で、魂のかけらのように輝く星屑の入った小瓶のペンダントが揺れる。
「草太くん」
 ――一人はボブカットの下で柔らかく目を細めて、包容力のある微笑みを浮かべた女性。たっぷりと波打つ黄色のドレスはグラデーションも鮮やかに、ウエストを締めるリボンには青い星を見つめる鳥のブローチが留められている。
 一番の晴れ着をこれと決め、お色直しのドレスで出てきた彼女たちは皆美しく。花婿を熱の籠もった目で見つめる。
 赤い絨毯を踏みしめ、選ぶ手を伸ばしながら、式の間、傍らで白いドレスを着ていたのは誰だったか、と浅沼草太あさぬまそうたは思った。

   ◇

 慶事の余韻のような微睡みから目覚めると、目の前に凶悪なあぎとがあった。
 部屋を埋め尽くすほどの巨体からなる、ばかでかい顎の中の赤い舌と鋭い牙が鼻先一センチもないところにあるのを認識、草太は脳みそに松明をたたき込まれたような勢いで覚醒した。
「どわっはああああああっ!?」
 反射的に振るった拳は鼻面を殴りつけるコースだったが、相手はひらりとそれを避けて後退した。肌身離さず持ち歩いているかんざしがどこに行ったかと慌てて枕元を探り、拾い上げたそれを持って獣の飛び退いた先を視線で追う。しゃり、と大ぶりの赤い実を模した宝石が簪の先で揺れた。
「あらん、危ないわねぇ」
「危ねえのはおまえだよ! どっから入ってきやがった!」
 草太はひやりとしたままの喉を押さえながら、招いた覚えもない女がのんきな声で乱れた髪を整えるようにかき上げているのを怒鳴った。男子高校生の部屋に似つかわしくない、豊満なスタイルに色気を加味しまくった女優のごとき妖艶な美女である。最悪の目覚めだ。草太は冷や汗をぬぐいながら叫んだ。
「アンタのせいか! 嫌な夢見たわ!」
「あらん。どんな夢? 私としっぽりすっぽりやる夢? 草太クンが魂魄こんぱくをくれるならもっとサービスするわよ~?」
「キモいわ! しれっと魂要求しならがさもあったことのようにぬかすな! アンタらが式場で迫ってくる夢だよ!」
「えー? 誰だれ? 誰を選んだの~? きれいだった? わらわにもお・し・え・て?」
「選ぶかぁ! 人間以外を嫁にする気はねぇ!」
 こんな美女に迫られることを世の中の男性の何十パーセントが望むのか知らないが、草太としては大気圏外に離れるほど距離を取りたい相手だ。なぜなら、朝っぱらから無断で人の部屋に侵入しておきながら悪びれもしないこの女、背から九つの尾がのぞいたままなのである。
 以前世間に知れ渡った時の名は玉藻前たまものまえ、時の権力者を追い込み人をさらったという、中国では傾国の美女妲己だっきとして悪名を馳せた伝説の妖狐。その実草太の曾祖父をも喰らった因縁の相手。
 顕界名げんかいめい永峰若葉ながみねわかば
 今の世に合わせて化けた姿は、ムダに磨き上げたプロポーションの胸の谷間や太ももを惜しげもなくさらし、草太を誘惑にかかっている。……殴りてぇ。
「永峰サン? とっとと出てってもらえます? もしくは一生目の前から消えてくれ」
「永峰じゃなくって若葉ちゃんって呼んで?」
 聞こえないふりをしてスルーする。うっせ年増。
「なんですってぇ?」
「あがががががっ! 痛い痛い痛い!」
 ぼそっと呟いた声がそのまま拾われてしまい、容赦なく締め上げられた。そこに天の助けか悪魔の悪戯か、第三者の声が扉ごしに割り入ってきた。
「お兄ちゃーん? 遅刻しちゃうよー?」
「げ」
 妹の声に何かを言う前に草太をねじり上げていた若葉がぱっと身体を離し、構わず扉を開けて出て行く。
「おい、ちょっとアンタ!」
「あー、若葉ちゃん! おはよう! いつの間にきてたの?」
「うっふふ-、おはよう鈴ちゃん。愛しの草太クンにモーニングコールをしに来たのよん」
「じゃあお兄ちゃん起きたのね! 朝ご飯食べてく?」
 部屋を出る瞬間まで見えていた尾は妹の目には入らないらしく、和やかに会話をする際にいつの間にか姿を消している。
「何で仲良くしてんだ!」
 ギリギリ締められたあとの痛みを負う身体で廊下を去って行く二人の声に叫んでも、慣れっこな程度に日常茶飯事の出来事である。

 洗面台で顔を洗う。タオルでごしごしと水分をぬぐってあげた顔と、鏡で目が合った。ざっくりと切ってそろえた髪に少年と青年の間で変化しつつある年頃の顔つき。朝からの騒動のためへの字口になっているがこれは仕方ない。しっかりしろよと丸投げする気分で鏡相手にガンを飛ばすと、向こうも対抗してきた。金と黒の目――色違いの瞳は生まれつきであっても違和感がある。常人には両の目そろって黒に見えるこの瞳は、人ではないものを容易に見分ける性質を持つ。
 世界の不明や謎が次々暴かれつくしていくこのご時世に何のゲームの話かと思うが、昔の夜にはびこった百鬼夜行、その魔物、妖怪、妖の類が今現代も跋扈している。曾祖父はどこかで混じった鬼の血がずいぶん強く出た代で、妖怪からみたらご馳走のようなものだったらしい。
 浅沼草太は間違いなくその家系であり、かといって薄れた末の子に暴れ回る力はない。祓う力もない。ただ見えるだけ。しかも、曾祖父のように草太は鬼の力を強く纏う代だった。身を守る術は陰陽師の家系であった曾祖母の残してくれた形見の簪である。鏡から視線を剥がし、学生服の上着を羽織りながらリビングに戻り、皿の上に出ていたトーストをもらう。家族以外の余計な人影は見なかったことにした。
「ご飯は?」
「いいよ、行く」
 家族の声に簡素に返して、トーストだけくわえて外に出る。
 玄関を曲がってお隣さんちの立派な塀にそって道を進むと、やがて玄関が見えてきた。その前で上品に鞄を両手で提げたお嬢さんが立っている。毎朝皺一つない私立の制服に身を包み、深い色の髪にレースで飾られたカチューシャをして目を伏せている。草太が近づくと少女の顔が上がった。
「おはようございます、草太さん」
「はよ、糸」
 お隣さんで幼なじみの糸はいつも崩さない丁寧な敬語で挨拶して微笑んだ。織枝家は大層立派な呉服屋で、つまりいいとこのお嬢様だ。徹底してたたき込まれた生まれの所作のためその上品さは崩れることはない。これも化ける力か、と草太はひねくれた見方で判定を下す。礼儀に厳しい家庭の習慣からさっそく糸は草太がくわえたままのトーストを咎めた。
「食べながら歩くのはお行儀が悪いですよ」
「邪魔が入ったから家でゆっくり食べてる余裕がなかった」
「座って食べないと胃に悪いです」
「立ち食いそばとかあんだろ」
「草太さん、そういうことを言っているのではありません」
「へいへい……」
 買い食いとかもしたことねえのかな、とトーストを口の中に押し込みながら糸を見る。彼女本人とは別のところが食欲旺盛で食い気に勝っているだろうに、と毒づきそうになってげんなりした。昔から一緒にいた、お隣の可愛い女の子。好きだった当時の彼女は草太の目の色の違いなんて知らなかったし、その背に何も背負っていなかった。だけど今隣に並ぶ幼なじみは草太の金色の目に気づいているし、優しく笑うその背後には蜘蛛の影が見える気がする。
 絡新婦じょろうぐも織枝糸おりえだいと
 正直に語れば絡新婦は化けているのではない。ソイツは草太を見つけた時、巣を作り罠を張るために隣家に目をつけ、そこで幼少の本物の織枝糸とすげかわったのである。誤算は草太自身に妖を見抜く『目』があったこと、早々に正体がばれ拒絶されたことだろう。少女の名残を引きずった『織枝糸』はずいぶんショックを受け、幼なじみ間にもいろいろあったが、今はこの距離で落ち着いている。蜘蛛の雌って出産時に雄を喰うんだよな……と思わず考えてしまうが。
「あ、そうでした、草太さん。こちら、先日縫い上がったんです。どうぞ使ってください」
「なにそれ?」
「夏用のマフラーのようなものです。日差しを避けるために巻いたり、かぶったりできるんですよ」
 二人の通学路の別れ際、糸が何気なさを装って持っていた紙袋から取り出したのはダークグリーンのストールだった。家柄のためもあって、縫いもの、織物が得意な糸はこうして時々草太に差し入れをくれる。この距離感に落ち着いてから始まった、健気なアピールだった。
「いってらっしゃい、草太さん」
「……ああ。おまえもがんばれよ」
「――はい」
 はにかんで頭を下げ、制服を翻して行く糸を見送り、草太は受け取ったストールを巻くのを模して首に当てた。
「くそ……素材はいい……」
 何でできているかは考えないことにする。

「浅沼くん、授業の資料を片付けるから、手伝ってくれないかしら」
 家で寝起きに襲われ、家の外では落ち着けない人に会い、学校へ来て一息つけるかというとそうでもない。四限の授業終わりに教師から指名され、立候補者が他にいますよ、と逃げようとしたが運の悪いことに今日は草太の出席番号日だった。あまりにも適当な理由は逆に反論を封じるものである。
「羨ましいぜ、浅沼ぁ……」
「切実に代わってくれ……」
 馬鹿なクラスメイトの男子に血涙を滲ませながら羨ましがられたが、草太は若葉と別の意味でこの教師とも格段長い距離を置きたかった。具体的に言うと月と地球、いやむしろ地球と太陽ぐらい離れてほしかった。
 指名相手は学内で一番人気の女性教師、羽鳥響子はとりきょうこ。柔和な笑みを白い顔にいつも乗せ、毛先が優しくカールしたボブカットで、パフスリーブの清楚なシャツにロングスカートという女性らしさの鏡みたいな格好の倫理の教師である。男子からの人気は天使だなんだとことにうるさい。背中に背負う羽が時々見える草太からするとあながち間違いでもないかもしれないと思ってしまうが、大いに間違っている。美人だ何だと評価されるが、男子の考えはもっとアホだ。
「未亡人っていう響きがいいよな~。人妻ではなく未亡人……」
「なんだか高嶺の花感がするよな~」
 特に羽鳥先生から気に入られてたびたび指名をくらう草太を妬んで、集まってくるクラスメイトが今日も馬鹿をぼやいている。草太は頭が痛い。
「殺して喰ったのかもしれないぞ……」
「センセイになら食われてもいい……」
「笑えないからやめろ」
 たびたび逃げたり人に押しつけたり躱したりしてきたが、あまりにやりすぎると授業中に仕返しが来る。どちらにしてもあまり好ましくないので、草太は苦虫を噛み潰したような顔で諦めて席を立った。噂の羽鳥先生はにこにこと教室の出口で草太を待っていた。
「どうぞ、浅沼くん」
 か細いと称することができるとはいえ、この程度なら一人で運べるだろうという資料を持って先導について行くと、まるで茶室かなにかのように資料室へ案内された。棚の乱立する隙間を縫って倫理とかかれた棚に資料をまるごと放り込むと、入り口を閉めていた羽鳥先生が「さて」と両手を合わせた。
「さ、草太くん。子作りしましょう?」
「滅べ!!」
 腹から渾身の叫びが出た。
 異性から好意を向けられるのは本来嬉しいもののはずだが、自分の命がかかるとなると話は別だ。朝方の若葉もその筆頭だし、こちらは別の意味でたちが悪い。未亡人、羽鳥響子はそれはそれは熱心にあらぬお誘いをかけてくるのである。
 姑獲鳥コカクチョウ。死んだ妊婦が化けたものとも言われ、第一に子を望む鳥の妖怪である。子どもを抱けなかった怨念かその思いの末路か、強い力を引く草太との子どもを欲しがって迫ってくる。別の意味で恐怖だ。
 響子は表情を崩さず「今日の授業では愛とその先についてお話したでしょう?」とのたまう。
「他の妖とつがうのは命が危ないかもしれないけど、私となら平気でしょ?」
「あんたは生理的にムリなんだよ!」
「ひどいわねぇ、男の子でしょ?」
「迫られたくない人種に迫られる恐怖がわからんのか!?」
「ふふ……草太くん」
 響子のまなざしが変わった。笑顔のまま、伸ばされる白い腕が想像以上に強い力で草太の肩を掴む。
「響子、さん、でしょう?」
 加虐的な色が滲む声音に、寒気が全身をぞわっと駆け上がった。響子の白い指が頬を撫でる、そこへ草太は強ばった指を無理矢理動かして持ち歩いている鬼灯の簪を掴み出した。ほのかに赤い色が灯る魔除けのお守り。触れられはするがそれ以上の接触を禁ずる結界に、響子は残念そうな顔をする。
「いつまで経ってもつれないわねえ……。また、学校後に居残り補修でもしましょうか?」
「またとか事実無根なことを言うな」
 これが倫理の教師である。命を狙われるよりえぐい。か細くなる声を精一杯張って、草太は資料室から一目散に逃げ出した。

 クラスメイトからの追求をかわし午後の授業を終え、放課後になると草太は図書室へ出向いた。文学をたしなむというほどでもないが、妖関連のものはつい探してしまう。前々から当たっている資料や歴史書を順繰りに見て、本棚から年季の入った本を引き抜く。
「草くん」
 横合いから声がした。朝から続く出来事に心臓が激しく縮み上がる。
「うおっ……滝田か。びっくりした」
「えへへ、ごめんね」
 無邪気に笑う小柄な少女は、草太のクラスメイトの滝田清良たきたきよらだった。ぱっと華のあるタイプではなく水面に咲く蓮のような静かな麗しさの、糸とはまた違ったタイプの清楚な美少女で、話している分には気が抜ける相手なのだが、また癖のある奴が出たと思ってしまったのは致し方ない。
「いっつも思うけど、そんな髪長いのにどうやって移動してんの?」
 さらりと揺れる少女の髪が、足下まで流れ落ちている。清良の最大の注目点だ。毛先がどこにあるのかわからない。床に広がる髪はまるで繊細に織られた絨毯のようだ。
「それは女の子の秘密だよ」
「あーそーですかー」
「その気のない返事はちょっといただけないなー」
 話半分に本のページをめくる。歴史、寓話、童話。カラーページにイラストが載っている。伝説、伝記、言い伝え。妖怪たちが並ぶ百鬼夜行の図案があった。狐、蜘蛛、鳥、蛇。ページを開く。文字を追う。
「草くん……」
 呼ばれて意識が現実に戻る。傍らをちらと見ると、なんだか熱に浮かされたような瞳をした清良が見上げていた。あ、この距離はやばい。足を踏み出すにも引くにも髪の毛が足下に絡みつく。
 そっと首に迫る指先。ぞぞ、と背筋を走るのは色気によるものか恐怖による怖気か。棚の間を満たす髪の束。うごめく鱗の巨体が幻視できる。
 幻視? 否、本物だ。
 滝田清良の正体は、かつて沼御前ぬまごぜんの名を頂いた大蛇だ。少女として姿を変えている今、彼女はことあるごとに蛇が巻き付くように草太の首に指を絡みつかせてくる。指先には明確な殺意が宿るのに草太を見上げる瞳はうっとりと熱っぽく、その手にあまり縁がなかった者にもわかる程度に恋慕にあふれているのだから対応しづらい。草太は引きつった顔で刺激しない程度に距離を置いた。
「あー……すまん滝田、オレ用を思い出したからこれで帰るわ」
「そう? 残念だなあ」
 何事もなかったように、というより本人は別段おかしい意識がないのだろう、すぐに話を合わせてくる清良はふつう通りで逆に怖い。やっぱり草太に集まってくるのは厄介な相手ばかりだ。
 逃げるように図書室を出た草太は、道すがら簪を取り出した。
「どいつもこいつも、命ばっかり狙いやがって……」
 幼い頃は特別感も少しは感じていたが、今はもう飽き飽きしている。引き寄せてしまうだけの鬼の血なんていらなかった。魔除けの鬼灯を見ていると少しはほっとする。会ったことがあるかどうかも定かではない曾祖母がそっと頭を撫でてくれた気がした。

   ◇

「おかえり-、おにいちゃん。本日も無事でなりよりだよ」
「もう少し兄の危機に緊張感を持ってくれ、妹よ」
「わたし祓えないもん、仕方なかろー」
 家に帰り着くと、妹の鈴がリビングでのんきにせんべいをかじっていた。この娘、草太と違って曾祖母の血を継いだらしく破魔の力が強い体質だ。ただし本人には見えない上直接祓う力はなく、自分自身に近寄らせない程度。自分の身がまず安全だからか、草太に迫る課程で親しくしてくる妖とも仲がいい。課外授業のクラブで一緒だという清良や度々抜き打ち家庭訪問と称してやってくる響子とも仲良しなのである。妹の許容範囲が恐ろしい草太だった。
「兄がいつか帰らぬ人になってもいいのかよおまえは」
「安心せよ-、そんなことにならぬように日々わたしとて努力しておるー」
 時代劇めいた台詞で一応心配を口にした鈴に、もっと真剣にやってほしいと思うのは兄のわがままなんだろうか。たしたしと目の前の空席を叩かれ、草太は席に着く。
「率直に言うと実際問題祓えるかどうかになると無理ですという話になるよ」
「率直に希望を折るな」
「正体はどうあれ愛されてるじゃん。四人は四人とも兄上とのご結婚をご所望ですよ? 美人ばっかりだし! その気は」
「ねえよ! あいつらが狙ってんのはオレとじゃなくて鬼の血だろ!?」
「いやいや、お兄ちゃん、なにいってるの。毎日あんなに熱烈な告白受けておいて」
「受けてるのは貞操と身の危機と殺害予告だよ」
「ふむ? みんな円満な解決方法というのは難しいけど……みんなに聞いてみたらいいよ」
「何をだよ」
 訝しがる草太にせんべいを差し出しながら、鈴はやっぱり緊張感とは無縁に助言した。
「妹もなにかと考えてはいるけどね、でもそのこじれ方は本当に命に関わるからね。ちゃんと話を聞いたらいいよ。妖なりの愛し方ってものを」

 そんな妹からのアドバイスを受けた数日後、鈴が呼んだのか勝手に集まったのか、草太の家に妖組が勢揃いするというぞっとしない光景が転がり込んできた。その場から逃げようとしたが捕まってしまった草太はふてくされてソファの上に陣取っている。ちょっかいをかけられて長いため、四人もそれぞれ顔見知りで親しい様子で、糸と清良が織物の話で意気投合しているのは見ている分には微笑ましい。鈴がお茶菓子を用意しに立ち上がり、響子がその手伝いを買って出た。
 手持ち無沙汰になった若葉が隣に腰かけてきて当たり前のように腕を組んでくる。抜け出そうとした腕が鬱血するぐらい強く掴まれているので逃げ出せない。観念して、草太はふとおぼろげに思い出した疑問を口にした。
「アンタらのいう好きとか愛ってなんなんだよ」
 言われた美女は目を瞬いて小首を傾げた。
「永峰サンはオレのこと好きなの?」
「愛してるわよん? 頭からつま先、骨から髄まですべて」
「だってオレが喰いたいんだろ? それは愛じゃなくて食欲だろ。魂に味があるのか知らんけど」
「素敵な魂だもの、もちろん欲しいわよぉ。でも、それだけじゃないわよん?」
 子どもが何故空は青いのかと尋ねたときのような、ありふれていて誰も気にしないような疑問に、至極当然の顔をして若葉がつま先まで整えた美しい指で草太の額をつついた。 
「愛っていろいろあるわ。執着した愛、独占したい愛、注目を浴びたい愛。どれもこれもわらわが好き勝手やってきたことだけど、やっぱり独りよがりって飽きるのね。草太クンはそれこそ嫌がって逃げるけど、きちんと向かってくるでしょ? そういうまっすぐなところ、すごくいいわ。ぶつけたら、ぶつけた分だけぶつけ返してくる。なんだかね、あー愛って与えるものなのねーって思えちゃうのよ、草太クン相手には」
 いつものからかう顔ではなく深い笑みを浮かべ、いつになく優しい手つきで頬に触れ、草太の右目の傍をなでた。彼女たちにだけ見える金色の輝きを愛おしそうに眺める。その顔つきがずいぶんと優し気で、草太は反応に困って口を閉じた。
「草太クンと式を挙げるときにはこのお気に入りのアクセサリーをつけるわ。もう少し珠をつけて豪華にするわね♪」
 色っぽく髪をかきあげて見せた耳に真珠が連なったイヤリングが下がっている。見覚えがある。
「そういや、それいっつもつけてんな」
「今まで手に入れた魂魄よん」
「……聞かなきゃよかった」
 精神力を消耗した草太のもとに、すでに勝手知ったる様子で戻ってきた響子が麦茶入りのグラスを差し出す。若葉はウインクを一つ残して腕をほどき、響子と交代する。
「何のお話? 人生相談なら聞くわよ? 前の夫ともいろいろあったもの」
「……そっちの話はあんまり聞きたくないな」
 生命力みたいなものを本当にとって食っていそうだ。渋い顔でグラスを受け取る。
「羽鳥先生は?」
「響子さんでいいのよ? 未来の旦那様だもの」
「……それ本気で言ってるのかよ。子どもとかよぉ、なんで今は居もしない存在に対してそんなにがんばれるんだ?」
「子どもを愛することに理由はいらないでしょう?」
 あっさりと、これも若葉と同じように、世界の真理を説くみたいに響子は言ってのけた。
「私でも相手でもないのに欲しくなる。この腕に抱いてその重さと熱を感じると思うだけで幸せな気持ちになれる。愛の証明とでも言うように」
 人の生命を奪う妖との台詞とは思えない。響子はいつも迫る時と違う、穏やかな顔つきでそっと囁いた。
「貴方との子どもを、生まれる前から愛してる」
 重たいのに、真摯な告白だった。
「なになに、告白タイム?」
 話を聞きつけて清良が無邪気な笑顔で近寄ってきた。響子が肩をぽんと叩き立ち上がっていく。滝田はどうなんだ、と聞く前にあっさり彼女は「一目惚れみたいなもんかな?」といってソファではなく目の前に座った。
「滝田の表現ははわかりやすいようなわかりにくいような……」
「相手を自分だけのものにしちゃいたいって、ふつうのことでしょ?」
 単純明快にみえて重たいし深いが、妖も人もあまり変わらないような言葉だった。
「あたしだって草くん好きだよ。独り占めしちゃいたいくらいにね」
「おまえがいうとなんか怖いな……」
 うふふ、と楽しげに笑って清良は長い髪を翻し場所を譲った。みるとテーブルの方で鈴を始め女性陣がトランプを始めている。妖がカードゲームとはシュールな光景だった。それから何気なく視線を向ける。最後の一人へ。
「……私が伝えても、ほしい答えはないかもしれませんよ? 私自身、この気持ちがどちらのものかわからないのですから」
 私服を着物にしている糸は、草太までの残る一歩を詰めようとはしなかった。愁いを帯びて伏せる顔は、草太が初めて拒絶したときから葛藤し続ける本物と偽物の苦悩を浮かべている。ずっとそうだ。糸は、ずっとそうだった。本物を殺してすげ変わったくせに、幼少の草太に拒絶されてボロボロ泣いていたのは、本物の彼女だった。
「おまえって、結婚式の服とか自分で作りそう」
「……お色直しの着物くらいは作りたいと思っていますけれど」
「マジかよ。さすがだな……。髪飾りは?」
「これに、鬼灯の飾りをつけます。草太さんの簪と似せて」
「魔除けだぞ」
「少しでもおそろいがいいんです。このレース、自分で作ったんですよ。昔、草太さんが手作りを褒めてくれたから」
 そういってカチューシャをとって見せ、珍しく自慢げに笑った糸は、小さい頃から変わらないすてきな笑顔を浮かべられる子だったなと、今、思い出した。

 そこから全員に巻き込まれ白熱したゲームで家が崩壊しそうになったところで四人をたたき返したあと、疲労困憊で草太はソファに崩れ落ちた。
「相変わらずしつこいな! アプローチが激しくなってないか!?」
「そりゃーお兄ちゃんが少しはほだされたんなら」
「お兄ちゃんの将来の心配もして欲しいな? 妹よ。オレはふつうの女の子が好きなの」
「でもお兄ちゃん? 四人とも振ったら八つ当たりだったり次に狙われた人が被害に遭っちゃうよ?」
「俺が被害に遭うのはいいのかよ……」
 リアルに命の危機だ。
「わたしだって少しは考えて対策取ってるよ。ひいおばあちゃんみたいなものは作れないけどね」
 鈴は得意げに秘密兵器を草太の前に置く。
「ほら、お兄ちゃん。古今東西鎮めるものは決まってるでしょ? いっちばーん傍に置いときたい人でも、いっちばーん危険だと思う人でもいいよ。一人ぐらい鎮めて、世界を救っちゃったりしない?」
 ――妹が取り出したのはビロードの小箱。
 パカリと開かれた小箱の中に、キラリと輝く――
「……勘弁してくれよ」
 ラスボスはまさかの妹だった。
 うめき声は、それでもかつてより苦痛の響きは残っていない。


 封印式は魔除けの銀と円環を