夢見たセレナーデ

パラレルワールドをご存知だろうか。

現在住んでいる世界とは違う、もう一つの世界。

そんな世界がこの世に存在するのだろうか。

少し前までの私ならそのような疑問を投げかけただろう。けれども、今はそんな世界が存在すると断言できる。

なぜなら、目の前に広がる世界が、まさにパラレルワールドだった。


きっかけはそう、写真立てを眺めていた時。
いつも遊んでくれる子たちと一緒に撮った写真を入れた普通の写真立てに、吸い込まれるような感覚に陥った。

目を開ければ、私が知らない世界。


それがなぜパラレルワールドだと確信したのかと言うと、恥ずかしながらこんな世界で住んでみたいなと妄想した世界そのものだったからだ。

逆転世界。私が誰しも愛される世界。

ああ、愛されるということは、こんなにも嬉しいことなのか。

さあ、新たな未来を綴ロウカ。





「瑠衣~!瑠衣が欲しがってたもの買ってきてあげた!」

「え、ほんとー?ありがとー!」



包み紙を広げると、発売したばかりの新商品のアイシャドウが顔を出した。煌びやかな装飾がされていて、カラーはもちろんピンクを使っていてうっとりしそうなデザイン。私の趣味をよくわかっていらっしゃる。


「うん、ありがとう。じゃあもう帰っていいよ」



想定外の言葉だったのか、彼は目を丸くした。数秒してたから、彼は慌てる様子を見せる。
私は化粧品を鞄にしまいこみ、何でもなかったように歩き出す。



「お、おい!まだ俺との時間はあるだろ!?」



腕を掴まれて、仕方なく振り返る。

腕時計で時間を確認すれば、確かに予定していた時間より余裕がある。かと言って、私はこの人とは化粧品をもらう予定しかなかったし、予定より早く済んだのなら次の予定に入ることができる。よって、彼との時間は無駄なのである。



「あるけど、これからデートだし」

「そ、そっか……それならしょうがないよな」


あっさりと彼は引き下がる。咎めることもなく、ましてや、それだけで呼ばれただけだと知っても、怒りを見せることはない。

そう、ここは私が愛される世界。何を言っても相手は嫌な顔をしない。人間関係で悩むことは一切なくなるのだ。



彼には笑顔で手を振り、次の待ち合わせ場所へと急ぐ。

次に会う人は、私の本命とも言ってもいい。
彼はイケメン。どこがイケメンなのかと言うと、全てである。何もかも完璧な人間に出会ったことはないだろうか。まさにその人種である。スタイルよし頭脳よし性格よしの3点セットだ。


過去に過ごした世界では、そのような人間とは話すこともなかった。住む世界が違い過ぎて、近づくこともできなかった。けれども、ここの世界に来てからは私が望めば拒む者はいない。自分が全てだ。


ずっとこの世界に憧れていた訳でもないが、一度は夢に描いたことをこうして味わってみると、歓喜に満ちる。どちらが現実かと問われても、どちらも現実であり私という人間は存在する。



「お待たせー!待った~??」



「いや、今来たとこ。さ、行こうか」



差し出された手を握って歩き出す。微笑んで私を見つめる眼差しが眩しい。いつ見ても、自分には勿体無いくらいの美形な男である。歩幅もさり気なく私に合わせて歩いてくれる。



「そういえば、変な男に会ったんだよ」

「え、どんな人?」



そう聞くと、彼は少し眉間にしわを寄せた。



「瑠衣を、悪く言う人」



でも瑠衣の知り合いって訳でもないのに、悪く言うなんてあり得ない、と彼はフォローを入れてくれていたが、その後の言葉は入ってこなかった。

この世界で過ごして3ヶ月は経っただろうか。今まで私を背く人なんていないと思っていた。それが今、ここで、その存在を知ることになるとは、思いも寄らなかった。



「どう?この世界は楽しい?」



振り返れば、人がいた。

もちろん、ここは街中でたくさんの人々が行き交っている。けれども、その中で真っ直ぐと私を見つめてる人がいる。口の端を上げて、笑っている。



「君は本当にこの世界が楽しいと、感じているの?」



ゆっくりと前へ歩き出し、こちらへ近付いてくる。

急に怖くなって、隣にいる彼の手を強く握って走り出す。一体、私の何が分かるのだろうか。もう過去にも、あの世界にも、私は戻りたくはない。この世界に生きると、決めたんだ。



「ち、ちょっとどうした?急に走り出して。会いたくないやつでもいた?」

「ねぇ、私のこと好き?」

「今度は唐突にどうしたんだよ……」

「私を好きか嫌いかって聞いてるの!ねぇ、好きって言って!愛してるって!」



彼は驚いた表情を見せたが、すぐに好きだよ、愛してるよと言ってくれた。これでいい、これでいいんだ。

寂しさと困惑した気持ちを紛らわすように、彼に唇を重ねる。それに答えるように、彼も深く唇を重ねてきた。


この温かさは偽りではない。少なくとも、築き上げた真の温もりだ。それをいとも簡単に奪われたくないし、邪魔されたくはない。

君は本当にこの世界が楽しいと、感じてイルノ?

その台詞がリピートされ、頭を振る。これは望んだ世界だったはずだ。なのに、いつか夢から覚めるのではないかと不安だった。その一言で、たった一言で、心をかき乱すなんて。


小さく息を吸って、静かに瞼を開ける。



「お帰り。物分かりが良くて嬉しいよ」



私はパラレルワールドにも、あの世界にもこの世界でもない、真っ白な空間に佇んでいた。真っ正面には、先程見た青年が立っていて人形のような微笑みを浮かべている。



「パラレルワールドはいくつも存在しているけれど、一時期的に飛ばされた君は招かざる客だ。だから収まる場所へ元に戻す。それだけのこと。そして、一つ言えることは……もう、分かってるかな」



そう告げて、私と目を合わせる。

何も言えず、こくりと頷く。

帰る場所に帰ること。たったそれだけ。

世界を奪われてはいない。だって私は。


恋をしてみたかったの。

初恋は夢見るふりをすることになったけれど。

人間のように、自由に、恋することはとても楽しかった。

アリガトウ。キット、忘レナイカラ。



読んだ!