カメの国

 ――ああ、痛い痛い。


 大きなカメのこうらの上の小さな国の人びとは、突然こんな声を聞きました。


 ――歯が痛くてたまらない。誰か何とかしておくれ。


 どうやらカメが歯痛になってしまったようです。
 いつもはカメが日向ぼっこをするので温かく明るい国なのに、今のカメは日陰でうずくまったまま。こうらにお日さまが当たらないので、いつまでたっても国はどんより曇り空です。カメがうんうんうなるたび、地面がぐらぐら揺れだします。
 「このままではいけない」と人びとは相談して、カメに痛み止めの薬を与えることにしました。この国にはいい薬がないため、ひとりの若者が代表してよその国へ薬をもらいに行くことになりました。


 若者は何日もかけてヒラメの背中に乗っている国にたどり着き、国一番と評判の薬屋さんを訪ねます。
「ごめんください」
 声をかけると、中から若い女の人が出てきました。
「何かご用ですか」
「僕はカメのこうらの上にある国から来ました。今カメが歯痛で苦しんでいるので、痛み止めの薬をください」
「カメが歯痛?」
 女の人は首をかしげます。
「カメに歯なんて、あったかしら」
「うちのカメにはあるんです」
 若者は帽子を取って頭を下げました。
「どうかお願いします。国中の皆が困っているのです」
 女の人は少し考えてから、「わかりました」と言いました。
「カメの歯痛用の痛み止めを作りますから、まずは中にお入りください」
「もしかして、あなたが作るのですか」
 家の中に招き入れられながら、若者は驚きました。
 カメのこうらの国でも、この薬屋さんに作れない薬はないという評判は有名なものでした。そんなすごい薬屋さんは、きっと仙人みたいな人だろうと勝手に想像していたのです。女の人は若者と同じくらいか、もう少し年下に見えます。
「ええ。その通りですが」
 若者の驚いた表情など気にもしない様子で彼女は答えました。
「それでは、ここにカメの絵を描いてください」
 女の人は若者を椅子に座らせると、スケッチブックを差し出しました。そして自分も若者の向かいに座ります。
「カメというのは、うちの国が載っているカメですか」
「そうです。私はそのカメのことについて詳しくないので、まずどんなカメなのか知っておかないと」
「なるほど」
 若者はスケッチブックに鉛筆を走らせます。さいわいにも彼は絵を描くことが得意なほうだったので、あっという間に白かったページに大きなカメが現れました。
「ちなみに僕の故郷の町は、このカメの首のほうなんですよ。ほら、ちょうどこの辺り」
 少し得意げに若者が示す絵を真剣な顔で眺めて、女の人はいくつか質問をしました。
「このカメはいつごろ歯痛になったのですか」
「たしか……うめき声が聞こえてきたのは二か月ほど前です。でもその前からもこうらが震えたり、なかなか日陰から動かなかったり、今思えばおかしなことが起こっていました」
「カメはいつも何を食べているのですか」
「そうですね……与えれば何でも食べますが、イバラが大好物でした」
 若者は、特につぼみのついたものを与えると喜んで食べていたカメを思い出しました。
「イバラ?」
 女の人は驚きの声を上げます。
「カメがイバラを食べるのですか」
「うちのカメは食べるんです」
 若者がきっぱりと答えると、彼女はあごに手を当てて何やら考え込んでしまいました。話しかけてもまったく反応しません。
「あのー……そろそろ痛み止めを作ってもらえませんか……?」
 五回くらいひかえめに同じことを繰り返したあたりで、彼女は突然ガタンと椅子から立ち上がりました。
「このカメには、痛み止めよりももっと必要な治療があります」
 そう言ってから彼女は別の部屋にこもってしまい、若者はわけのわからないままその場で待つことしか出来ませんでした。


「お待たせしました」
 数時間後、女の人はいくつかの包みを抱えて戻ってきました。いつの間にかところどころが変色した白衣を着ています。
「何の説明もせず、こんなに放っておいてすみません」
 彼女は申し訳なさそうに頭を下げます。
「いえ、気にしないでください。それよりも薬は出来たのですか」
「もちろんです」
 包みの中身を机の上に並べながら、彼女は若者に説明を始めました。
「おそらく、カメの歯痛の原因はイバラのトゲが刺さっているからだと思います。なので一時しのぎの痛み止めよりも、そのトゲを取り除いてやればいいのです」
「な、なるほど……でも、どうやって?」
 取り除くとなるとカメの口に入らなければなりません。それはかなり危険です。
 若者の不安そうな顔を見て、女の人は胸を張って液体の入ったビンを手に持ちます。
「この薬をカメの口に含ませれば、トゲを溶かして取り除くことが出来ます。でも少し強めに作ってあるので、けっして飲み込ませず吐き出させてください。こっち消毒用です。あと、しばらく傷口が痛むかもしれないので痛み止めも一応」
 それらの言伝を、若者は忘れないように書き留めておきました。
「どうもありがとうございます。これで国の皆が助かります!」
「お役にたててよかったです」
 一刻も早く薬を国に持って帰らなければなりません。若者は薬屋さんを出ようとして、ふと気になっていたことを訊ねました。
「ところで、どうしてカメの歯痛の原因がわかったのですか」
 女の人は少し笑って答えます。
「うちのヒラメも、よく魚の骨が口の中に刺さって痛い痛いとうめくので」



見たよ!