生徒会長は犬ではない

 一週間前に、生徒会長が失踪した。
 そんなわけで、昨日、保健所で生徒会長を引き取ってきた。
「生徒会長! ちんちん!」
 生徒会室の長机の前で、生徒会長に向かって卑猥な単語を叫んでいる女子が、副会長の山下だ。
 見た目は背が高くて競走馬みたいな脚がかっこいいだけの、ごく普通の高校生だけれど、素手でじゃがいもを潰せるせいで、水面下では恐れられている。
 三ヶ月前の生徒会選挙では、体育館の壇上でスピーチをする際に拳で深成岩を粉砕してからにっこりほほ笑んで、見事圧倒的な票数をを勝ち取った。イケメンな会長目当てで副会長に立候補した女子たちも、頭蓋骨を破壊されたくないからすごすごと身を引いたらしい。
「どうしよう竹中ちゃん! この生徒会長、ちんちん見せてくれないんだけど!」
「下ネタやめてください」
「下ネタじゃないよ、ちんちんだよ!」
 山下は見事なポニーテールを揺らしながら、生徒会室の隅っこの床に座って作業をしていた私に詰め寄ってきた。柴犬によく似た四本足の生徒会長を小脇に抱えている。
 生徒会長はハッハッと機嫌よさげに舌を見せながら、山下のポニーテールそっくりなしっぽを振っていた。
 ――こいつら、もしかして、生き別れのきょうだいなのではないだろうか。しかしよく似た生きものであっても、生徒会長はかわいいが、山下はちょっと結構かなりうざい。
 オレンジの色鉛筆を小刀でひたすら削っていた私は、よく尖らせた鉛筆の先っぽを山下に向けた。
 ちなみに、私は「生徒会長に興味がなさそうな唯一の女子」っぽく見えたというわけのわからない理由で、山下に拉致され、むりやり生徒会にぶちこまれたかわいそうな美術部員である。
 その際、「生徒会長は巨乳好きだから、竹中さんにはぜったい興味持たないと思う」と言われたことを、私はいまだに覚えているし、永遠に忘れるつもりはない。今だって、山下の息の根を止めてやろうと思っている。
 私は山下の顔面を下から覗き込みながら、色鉛筆の先端で山下の手の甲をつんつんとつっついた。
「ヒマなら生徒会長を散歩に連れていってやってください。かわいそうに、生徒会長、授業の間あいだ、ずっと生徒会長でごろごろしていたんですよ。若い犬とは思えない怠惰さですね」
「あたしヒマじゃないもん! 生徒会長にちんちん教えこむのに忙しいもん! あと生徒会長を家に連れ帰ってもいい?」
 しれっと願望を織り交ぜてきた山下の目前で、私は色鉛筆を真っ二つに折った。
「生徒会長まで脳筋になったらどうするんですか。私が連れ帰ります」
「でも竹中さん電車通学じゃん!?」
「頭のなかに胸筋が詰まってるくせに、どうしてたまにまっとうな返しをしてくるんですか」
 私は床に色鉛筆の残骸を放り捨てながら、腰を上げた。ちなみに、生徒会長は夜の間、近所に住む教頭が家に連れ帰ることになっている。
「まったく、早く生徒会長が山下さんにツッコミを入れられるようにならないと、私が過労死しますよ……」
 生徒会長の前脚を掴んで、むりやりちんちんをさせている山下さんを眺めながら、ついぼやいてしまった。


 私が放課後ののどかさを噛み締めていると、不意に、ブレザーのポケットの中のスマートフォンが震えた。SNSの通知機能は切ってあるから、たぶん、メールが届いたのだろう。
 ちなみに、私のメールアドレスを知っているのは、両親と祖父母くらいだ。友だちがいないのではなくて、SNSに依存しているだけである。そんな私の嫌いな言葉は「二人組作れー!」だが、今はどうでもいい。
「だれですかこれ」
 私のスマートフォンのディスプレイに表示されていたのは、知らないアドレスだった。件名に『生徒会長なら私の隣で寝てるよ。』と書いてあるだけで、本文はないようだ。
「迷惑メールですね」
 容赦なくメールを削除しようとしたら、突然、床が大きく揺れた。
 私はおどろいて顔をあげる。
 走りだした生徒会長を追いかけた山下が、長机を巻き込んで盛大にこけただけだった。
 再びスマートフォンのディスプレイに視線を戻すと、件の迷惑メールが開いていた。山下に気を取られたせいで、操作を誤ってしまったらしい。
 ディスプレイには、メールに添付されていた画像が、でかでかと表示された。
「こ、これは……!」
 画像の内容を認識した瞬間、私はとっさにスマートフォンを取り落としそうになった。
 メールに添付されていた画像は、健全な学園生活の守護者たる生徒会のメンバーとして、あまりにも許しがたい写真だった。
 私が怒りと悲しみと混乱に打ち震えていると、「竹中さーん」と山下が生徒会長を引きずりながら近寄ってきた。
「ねえ、この生徒会長、ちんちんないんだけどー! って、どーしたの?」
 山下はその長身を活かして、ひょいと私の手元をのぞきこんでくる。
「ん、なにこれ、写真……? ってえええええええええええええ!?」
 写真の被写体を把握した山下が絶叫した。
「せ、せ、せ、生徒会長!? な、なんで裸なの? ていうか隣でカメラ目線でピースしてる女はだれなの!? 」
 山下の声が大きすぎて、私の鼓膜がびりびりとふるえた。
 私は山下の首根っこをとっ捕まえる。
「耳元で! 叫ぶな! この全身筋肉! 鼓膜破れるわ!」
 負けじと山下の耳元で怒鳴り返すが、山下はびくともしなかった。
「あたし筋肉ダルマじゃないもんおっぱいは脂肪だし! 一ヶ月くらい前に、生徒会長があたしの胸に顔をうずめながらうっとりしてたし!」
 山下はどんと胸を張り、二つのバレーボールをブラジャーにしこんだかのような乳を突き出してくる。自身の胸に張り手をかまして、ぱしーんと胸を大きく揺らした。
「この写真の女より、あたしのほうがぜんぜんおっぱい大きいじゃん! なんで? なんでねとられちゃったの生徒会長? 生徒会長も『山下さんが副会長になってくれて、ほんとによかった……』ってしみじみ言ってたのに!」
「生徒会長も胸だけ豊かなゴリラは嫌だったんじゃないんですかね」
「うっせえよ色鉛筆みたいな体型のくせに! 静かの海みたいな胸しやがって! 自分でも削ってろよこのチンアナゴ女!」
「ちんちんちんちんうっさいんですよ」
「今あたしちんちんって言ってないよね!?」
 山下が私の両肩を掴んで揺さぶってきた。脳みそがシェイクされて、うっかり肉体から魂が分離する。
 気が付くと、私は見知らぬ場所にいた。
 棚の上にトロフィーが飾ってあって、長椅子があって、来賓室みたいな雰囲気の部屋。壁には「黒薔薇学園生徒会室」と書かれた妙に達筆な垂れ幕がかかっていた。
 長椅子の上では、近所のお金持ち私学のセーラー服を着た女子が、男子生徒といちゃこらしていた。まったく嘆かわしいことである。だけど、私も年ごろの女子だ。高校生カップルが具体的にナニをしているのか、知りたくないわけではない。
 好奇心のままに、カップルに近づく。
 相手の男をよく見てみると……それは生徒会長(人間)だった。
 頭のなかに電撃めいた衝撃が走った。一瞬、思考が白い光りに包まれ、自分が何者なのかわからなくなってしまった。
 気がつくと、私は元いたわが校の生徒会室に戻っていた。
 いつの間にか山下は床に崩れ落ち、柄にもなくべそべそと泣いていた。
「山下さん、写真の女の正体がわかりました」
「へっ……?」
 硬い声で告げた私を、山下が涙目で見上げてくる。ちなみに、山下はゴリラなわりに、顔はたぬきみたいでかわいい。
「黒薔薇学園の生徒会の女に、生徒会長(人間)は拉致されています」
「ど、どうしてわかったの……?」
「あなたとは違って、頭脳派ですから」
 私がニヒルに笑うと、突然、山下が膝立ちして私の腰に抱きついてきた。背骨を締めあげられ、私は断末魔をあげそうになった。
「さ、さすが竹中さん! 鋭いのは削りあげた鉛筆みたいな体型だけじゃなかったんだね!」
 山下はすぐに私を開放した。直後、私の背中をぱーんと叩いてきた。
 私は喀血した。白いブラウスに広がる赤いしみを見下ろしながら、「当たり前でしょう……」と地の底から響くような笑い声をもらした。
 ポケットの中から、四本の真紅の色鉛筆を取り出し、それぞれを右手の指と指の間に挟み込む。極限まで鋭利に研いだ鉛筆の先端は、泥棒猫を容赦なくつらぬき、黒薔薇学園を紅く染め上げるだろう。
 そう、私は血が好きだ。だから、日々色鉛筆を錐のように尖らせ、その切っ先を乙女の柔肌に突き刺す瞬間を想い描いては、乾いた心を癒しているのだ。
「さて、敵の正体も判明しましたし、生徒会長(人間)を奪還しに行きましょう!」
 私が声高く叫ぶと、山下が呼応するように咆哮した。足元で生徒会長(犬)も遠吠えした。
 どうして犬を生徒会長だと思い込んでいて、それに対してだれも疑問を抱かなかったのか、さっぱりわからない。だが、今はそんな些細な問題を気にしている場合ではないだろう。


 こうして、心がひとつになった私と山下と生徒会長(犬)は……愛と拳と色鉛筆で生徒会長を奪還するべく、生徒会室を飛び出したのだった――。



見たよ!